戦慄が走った完全アウェーの国立競技場

2014年01月30日 12時00分

 東京・国立競技場は2020年の東京五輪に向けて、今年7月から建て替え工事が始まる。取材はもちろん個人的にも国立競技場には数え切れないほど足を運んでいる。サッカー、陸上などで数々の名勝負を目にしたが、最も思い出深いのは何かと言われれば、プライベートで観戦した1985年3月21日に行われたサッカーメキシコW杯1次予選の日本対北朝鮮戦だ。

 当時は日本サッカー冬の時代。代表の試合でもスタジアムに閑古鳥が鳴いていることも珍しくなかった。もちろん、選手は全員アマチュア。それでも天才MF木村和司を中心としたチームは1968年のメキシコ五輪銅メダルの日本代表以来の最強チームとも言われたものだ。もしホームで北朝鮮に勝てば最終予選進出に向けて大きく前進する。日本サッカー界は大いに盛り上がったはずだった…。

 ところが、当日は3月だというのに凍てつくような寒さ。冷たい雨も降っていた。こういう天候では入場者も期待できない、と予想していたが、会場に入ってびっくり。満員とはいかないが、7割方、客席が埋まっていたのだ。ざっと見てその数およそ3万人。「すげえ、よく入ったな」と友人と感心していたが、数秒後それが大変な勘違いであることに気づく。

 ほぼ全員が赤い星の旗を手にしていたのだ。そう、彼らは在日の北朝鮮の大応援団だったのだ。数百人程度いた日本のサポーターはといえば、ゴール裏の片隅に追いやられていた。

 試合内容も完全に「アウェー」。「イギョラ!」「イギョラ!」の大声援に後押しされ北朝鮮が圧倒的に攻め込んだ。先制されるのも時間の問題と思われたが、奇跡が起きた。

 今ではあり得ないが、当時の国立競技場は雨が降ると水たまりができるというひどいピッチだった。ゴール前は土がむき出しとなり、大きな水たまりができていた。日本がそれを狙っていたのかは分からない。最終ラインからゴール前にロングボールが放り込まれた。相手DFは、水たまりに入ってボールが止まるという予想外の事態に対応できずにズッコケた。そこにFW原博実が飛び込み先制ゴールを決めた。「よっしゃあ!」。友人と喜んだその直後である。数千人の視線が一斉に我々2人に向けられたのだ。戦慄が走る、ということを人生で初めて経験した。「黙ってろ、バカ!」――そんな意味合いが込められた無数の冷たい視線を浴び、我々2人はその場で凍りついた。

 結局、日本は原のゴールを守りきって辛勝したが、我々は逃げるように会場を後にした。正直「殺されるかもしれない」と思ったのだ。

 ひょっとしたらこの先、日本代表の人気が急落することがあるかもしれない。でも、新しい国立競技場であんな恐ろしい試合が開催されることがなきよう、切に願う。

(特集部部長・原口典彰)