歴史上の人物と一夜を共にした人なんてそうそういない。伝記映画が昨秋から大ヒットしている「クイーン」のボーカル、フレディ・マーキュリー(享年45)とアツい夜を2度も過ごしたのは、東京・新宿2丁目の老舗バー「九州男」オーナー・まっちゃん(71)。昨年11月末掲載のインタビュー記事に、盛り込めなかったフレディ秘話が山ほどある。

 まっちゃんの話で印象的だったのが「あの人は遠慮しないのがいいのよ。スターだからって遠慮してしゃべらないとかじゃなく、私みたいに英語できなくてもペラペラペラってタメ口で、図々しくしゃべるのが好きなんだって後で分かった」という言葉。そんな「怖いもの知らず」の彼だからこそ、数々の偶然が重なって、フレディとの縁を引き寄せた。

 日本ツアーで来日中のフレディが付き人と九州男に来たのは1985年5月。当時38歳のフレディより1歳年下のまっちゃんは、クイーンの曲すら聴いたことなかった。若い店子に「あの人、有名なロック歌手だよ」と教えられ、まっちゃんは「あ〜そうなのぉ。じゃ『私もファンだ』って言っといてちょうだい」と言付け。それでフレディが「じゃあ招待してあげるよ」と言い出し、代々木第一体育館公演(5月11日)のバックステージパスが九州男に届いた。

 当日はその店子ともう1人、九州男の系列バー「男蔵(メンクラ)」のマスター(当時34)と代々木第一へ。通された最前列の家族席には、モデル風の外国人美女が6人いた。

 その日は土曜で、2丁目の書き入れ時。終演後は裏口から出てすぐ帰ろうとしたが、出待ちファンの多さに驚き「ここでフレディを待ってようよ」という話に。そばにいた男性ファンは警備員に追い払われたが、3人はスルーだった。「あなたたちはパスがあるからいいんですよ」と警備員に教えられ、まっちゃんたちはまた会場内へ。「ガードマンのあのひと言がなかったら、『フレディ出てこないね』ってそのまま帰ったと思う」

 楽屋周りの人だかりを尻目に「パスがあるから入れるわよ」とドアを開けると、「さっき一緒に見てた女たちが、クイーンの3メンバーに各2人ずつついてペタペタやってた」が、フレディは一番奥で独りぼっち。3人はフレディを独占し、勧められたすしを一緒に食べた。

 その夜遅く、九州男に来たフレディは「もう一人のカレの店(男蔵)にも行きたい」と言い出した。実は男蔵のマスターは当時、相当な男前で、本人も後で「フレディは俺のことも誘いたかったみたい」と漏らしていたという。だがその夜、男蔵は超満員でマスターも大忙し。フレディの相手はまっちゃんに託された。

 夜もふけ、付き人が「今夜一緒にホテル行ってほしいんだけど、いくらお礼すればいい?」と耳打ちしてきた。英語が分からないフリをするまっちゃんを見て、状況を察したフレディは、「彼はマスターだからそういう交渉はしなくていい。そんなこと聞いちゃ失礼だ」と付き人を制止したという。帰ろうなり表に出ると、黒塗りのリムジンがドアを開け止まっていた。仕事を抜けて飲みに付き合い、“お持ち帰りOK”の返事もしていなかったが、まっちゃんは“ここで断ったら失礼になるわね”と覚悟を決め、車に乗り込んだ。

 着いた先はホテルオークラで、玄関前には女性ファン約20人が座り込んでいた。「みんなワ〜ッって言うから、驚いてるフレディに『ほら、あいさつしなさいよ』って言ったの。そしたら『OK、分かってる』って車を降りて、みんなと握手してた」

 部屋はペントハウスで、一緒だった付き人はいつの間にか消えていた。もう朝方。2人はそのままベッドへ…。「どっちかいったら、やる気ない感じで寝てたら、向こうがパ〜ッってペラペラってやってきて。アツアツムードでもなかった」。こう振り返るまっちゃんは、フレディがそのまま爆睡してしまったため、黙ってタクシーで帰った。「イッちゃったら寝るじゃない、男って。あんなもんだと思ったよ。あれだけのコンサートやったんだから、疲れていつ起きるか分かんないし、私はさっさと帰って部屋で寝ましょと思って」とまっちゃんもサバサバしたもの。

 そんな、ゆきずりの一夜だったが、翌年10月11日の夜、まっちゃんは2丁目の路地を付き人と歩いていたフレディと偶然再会する。「あ! 君の店、探してたんだよ」と言われ、九州男へ案内。そのとき「今度の日曜夕方、ホテルでパーティーするから」と誘われ、友達4人を連れてまたホテルのペントハウスへ行った。

 パーティーには名作詞・作曲家コンビだった安井かずみ・加藤和彦夫妻(故人)、クイーンを招聘し日本での人気に火をつけた「渡辺プロダクション」の渡辺美佐社長(当時)とその愛娘も来た。ただ、出されたのは軽食と飲み物だけで、おなかをすかせて行ったまっちゃんはガッカリ。

「僕ね、食事できると思ってみんなを呼んだのよ」とグチると、フレディは「あ〜ゴメンね。じゃ食べに行こう」と提案。一行はタクシーに分乗し、九州男の常連客が当時やっていた新宿3丁目の居酒屋へ向かった。

 店の2階和室を貸し切っての2次会。部屋に通されると、フレディは意外な行動に出る。「とっても優しくてね。僕が座布団敷こうとしたら、『いいよ、いいよ』ってフレディが座布団を全部やってくれたの。その脇でみんな立ってる、みたいな」

 飲み会中、まっちゃんが「写真撮っていい?」と聞くと、美佐さんに「ダメ」と言われ、しばらくして彼女はトイレに立った。“しめた!”と思い、今度はフレディに直接お願いすると快くOK。フレディはまっちゃんに「真ん中入りな」と言って、自分と付き人の間に座らせた。そのとき撮った写真は3枚だけだが、今もずっと九州男の片隅に飾ってある。

 まっちゃんはこれまでもフレディ絡みの取材を受け、たびたびメディアに出ている。そんなネット情報を見て来店するフレディファンが映画の公開後は増え、九州男はある意味“聖地”になっている。

(文化部デスク・醍醐竜一)