俳優・舘ひろしが、6月に公開された主演映画「終わった人」で「第42回モントリオール世界映画祭」最優秀男優賞を受賞したのを受け、舘の記者会見に行く機会があった。

 最優秀男優賞に輝きながら、会見では控えめなコメントに終始した。自身の演技力について聞かれると「私が一番信じていないのが、自分の芝居。最優秀男優賞なんてものを頂けるなんて思ってもいなかった」などと話した。

 さらに司会者が、この賞を受賞するのは「鉄道員」の故高倉健さん以来だと説明。これについて聞かれると「だから、(そういうのは)ダメなんだって」と苦笑するのみ。続けて「全く演技に自信がなくて…。高倉さんはずっと大スターでいらっしゃるんで、私なんかと一緒にされては」とテレまくった。

 自分のことについて質問されても、自信のあるような発言は一切なかった。むしろ「全て監督とのコミュニケーション」とか「全部、共演者のおかげ」など、周囲に感謝するコメントばかりが目立った。

 この日はこんな、感謝の弁ばかりが目立ったが、それが一段と強くなったのは、石原プロの先輩である渡哲也に対してのコメントだ。渡について、舘はこんなふうに話した。

「渡にはいつも『それ以上、芝居がうまくなるな』って言われていたものですから、最優秀男優賞をもらって怒られるのかなと思った」

 渡が言う「芝居がうまくなるな」という発言については「いつも渡には『小芝居をするな』と言われる。言い換えれば『人生丸ごと演じてしまえ』ということ。うまい芝居をする人はいっぱいいるんで、そういう人たちにはかなわない。それなら、自分の存在で芝居をしていけ、という意味だと思う」

 会見終了後にはこんなシーンもあった。引き揚げようとしていた記者団に気づいた舘は、控室の中から「いいよ、みんなおいでよ」と呼びかけたのだ。この言葉で、その場にいた記者は全員、舘の控室に招き入れられた。

 この場で舘は改めて渡への思いを口にした。「若いころ、渡に言われたのが『ひろし、お前には華がある』。そのひと言だけで、これまでやってこれたと思う」

 現在の舘は68歳。今回、モントリオール世界映画祭の最優秀男優賞を受賞しなくても、大物俳優なのは間違いない。そんな男が今でも、若いころに世話になった渡に心酔。今でも「渡のおかげ」と言い続けている。

 石原プロに所属したころと変わらず、今でも“兄貴分”である渡への思いは全く変わっていない。70歳近くになっても、こんな“兄貴分”がいるなんて、なんともうらやましい話だ。

(文化部デスク・藤野達哉)