ジョー山中さん よど号ハイジャック犯の前で歌った「赤とんぼ」

2018年03月15日 12時00分

 記者職の醍醐味の一つは、相手の人生の一端を見られる面白さにあると思う。

 ミュージシャンのジョー山中さん(享年64)もその一人だった。今から14年前、ひょんなことで知り合った私は、波乱に満ちたその半生に興味を抱いていた。そこで「連載しませんか?」とオファーすると、ジョーさんは「いいよ!」と快諾してくれたのだった。取材場所は都内ホテル。長い髪を一つに束ねたカリスマは、私の顔を見つけるなり「さっそく始めようか」と切り出した。

 ジョーさんの話はのっけからすさまじかった。黒人の父と日本人の母の間に生まれたが、父の顔を見たことがなかったという。肺結核で入院していた小学2年生のときに母が他界。身寄りがなかったジョーさんは、養護施設で育つことになる。

「今でも差別はあると思うけど、混血児に対するあの当時の差別はそれはそれはすごかった。毎日ケンカ、ケンカ、ケンカでね。よく、オレの腕っぷしの強さばかり強調されるけど、自分の身は自分で守らなくては生きていけなかったんだ」

 だが、その強さを聞きつけた協栄ジムの故金平正紀会長(当時)が「ボクシングをやらないか」とスカウトしたというから人生わからない。ジョーさんは見事プロテストにも合格し、新人戦も決定。施設出身の混血ボクサーは新聞にも取り上げられるほど話題になったという。

「ただ問題が出てきてね。本来、僕はライト級だったんだけど、対戦相手が見つからなくて、無理やり下の階級になったんだ。試合4日前に12キロも減量だよ。試合前日、あと500グラムまできたとき、体がケイレンして、棄権することになっちゃった」

 失意にくれるジョーさん。そんなとき、フラリと入ったジャズ喫茶で偶然バンドマンの隣の席に座って、再び運命の歯車が回りだす。

「『君、歌える?』と聞かれ、その場でエルビス・プレスリーを歌ってみせたところ大絶賛されてさ。今度は『うちのバンドに入ってくれ』と誘われたんだよ」

 これがその後の音楽活動につながったのは言うまでもない。内田裕也とロックバンド「フラワー・トラベリン・バンド」を結成し、海外でも成功。ローリング・ストーンズの前座をやる予定がメンバーがドラッグで逮捕されてパアになったことなど、ジョーさんの話はそのどれもが興味深く、驚きに満ちていた。中でも慈善活動で北朝鮮に行った時のエピソードは衝撃的だった。

「夜のレストランで食事をしていたの。そしたら『山中さんですよね? フラワー・トラベリン・バンドのコンサート行きました』と話しかけてくる男がいた。実は彼、よど号のハイジャック犯だったんだ。『日本に帰国前に送別会をしたい。歌ってほしい』と言うので、彼らの家に行ってさ。子供たちに『赤とんぼ』を歌ったら大人も大合唱になって、みんな泣いてたよ。最後に僕が『今度、事を起こすときは非武装で』とお願いすると『はい』と。彼らは後悔しているようだったね」

 よど号ハイジャック事件は、1970年に共産主義者同盟赤軍派が起こした日本初のハイジャック事件だ。実行犯は、北朝鮮に亡命。一部メンバーは帰国したものの、北朝鮮に滞在しているメンバーの足取りはよくわかっていない。それだけに、ジョーさんの話は貴重と言える。

 そして、すっかり夢中で聞き入っていた私は「う〜む、やはり人生の一端を見られるのは面白いなあ」と改めて思うのだった。

(文化部デスク・土橋裕樹)