【デスク発ウラ話】高嶋ちさ子 誰にもこびない“度胸のよさ”の原点

2020年03月19日 12時00分

高嶋ちさ子

 いまや“ご意見番”タレントとなったバイオリニストの高嶋ちさ子(51)が、新型コロナウイルスに関連し「気持ちでコロナを吹っ飛ばそう!」「失業中の私」などとSNSで発信し、反響を呼んでいる。

 その歯に衣着せぬ発言は、バイオリニストとして知名度を上げるため出演し始めた「踊る!さんま御殿!!」(日本テレビ系)などのテレビのバラエティー番組が原点だった。高嶋と同世代の筆者は「おもしろい逸材が現れた」と1999年の夏、インタビューしたのを思い出した。

 当時、高嶋は31歳、3つ年上の夫と結婚半年後の新婚。すでに「さんま御殿」で「男にこびる女は大嫌い」などと痛快に言い放って異彩を放っていた。

 米マイアミのオーケストラに所属し、在米中にはユニットとしてCDデビューしていたが、97年に活動拠点を日本に移した理由を聞くとこう答えた。

「(大学院から過ごした)米国では最初、男はトム・クルーズばかりと思っていたけど、現実は(巨漢俳優の)J・キャンディばっかり。いい男と思ったらゲイだったり。結婚するなら日本人がいいと思った」

 ボーイッシュな髪形に白いTシャツ、真っ赤なズボン姿にサバサバとハッキリものを言う姿は健康的で、女子アスリートのような印象を受けた。

 日本の芸能界には全くなじんでいなかったのも奏功した。

「明石家さんまさんは芸能界の人にとって大物だけど、私は視聴者代表みたいなもの。だから何でも本音で言えるんです」

 そう屈託なく話す裏には幼少時代から培ってきた度胸があった。

「勉強もできない女ガキ大将で、男の子相手にも野球拳で自分は脱がないのに相手は全裸にしたり、屋上からカバンを投げたり。バイオリンは両親の不良化防止策だったんです」

 父は俳優で司会者の高島忠夫さんの弟で、大手レコード会社のディレクター。ビートルズの来日公演や日本国内での邦題の命名をした人物だが、高嶋は前出の在米中のCDデビューを「父親のコネでデビューしたのがめちゃ嫌だった」とも明かした。

 インタビュー時の所属が“お笑い界のテキトー男”高田純次が立ち上げた事務所だったのも異質だった。

 高田が司会を務めていたゴルフ番組のオープニング曲で高嶋のバイオリン曲が使われており、番組に出演した際「事務所ないなら、ウチに来ない?」と誘われ、入った。バラエティー番組出演のきっかけとなった恩人、毒舌タレント・高嶋の“生みの親”は高田だったのは高嶋も後に明かした。

 新型コロナ感染拡大では、予定していた多くの公演が延期となった。

 本紙既報通り、高嶋はSNSで「失業中なのに、食欲と購買意欲だけはある私。今月見越して、先月買った物全部返したい。破産するかもだよ」と嘆いてみたり「公演延期で暇です。ふて寝するにも限界がある。この怒りをどこにぶつけたら良いのやら…」と素直な気持ちを吐露したりした。

 13歳と10歳の2人の息子を持つ母親としても昨年3月、息子との時間をつくるために「仕事をセーブさせていただきます」と宣言するなど、人気者ゆえの悩みも明かしていた。

 だが、いまや“新毒舌女王”の呼び声も高く、TBS系「有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議」、テレビ朝日系「ザワつく!金曜日」などでメインMCを務め、その言動は多くの視聴者の共感を集めるまでになった。

 本業のバイオリニストとしての苦境は政府のイベント自粛解禁まで続きそうだが、持ち前の肝っ玉で必ず乗り越えるはずだ。

(文化部副部長・延 一臣)