【デスク発ウラ話】愛情あふれた星野流“アメとムチ”

2019年12月02日 12時00分

 先月、名古屋市内で行われた「名古屋モーターショー」を取材した。開幕セレモニーの後、中日ドラゴンズOBの山本昌広さん、山崎武司さん、SKE48・松井珠理奈さんの3人によるトークショーが行われたのだが、面白かったのが山本昌さんと山崎さんによる星野監督時代の思い出話。山崎さんが中日のキャンプにカップ麺を差し入れしたという話題から以下のようなやりとりが繰り広げられた。

 山本昌「僕は現役時代にカップ麺を食べたことがない」

 山崎「僕たちは星野仙一さんという監督に教わりましたから。コンビニでカップ麺とか炭酸飲料を買ったら罰金ですよ」

 山本昌「お菓子もダメだったよね」

 松井「ええ!! 厳しい…」

 山崎「罰金といってもそんじょそこらの罰金じゃないですよ。とんでもない罰金を取られた」

 山本昌「新幹線で移動するときもマンガを読むのは禁止だった。だから寝るしかなかった」

 1996年から2001年までの第2次星野政権時代、ドラ番を務めていたが「移動中のマンガ禁止」は初めて聞く話だった。おそらく第1次星野政権時代(87~91年)の星野流ルールだったのではないだろうか。

 昭和の末から平成初期にかけて星野ドラゴンズの罰金が強烈だったという話は多くの中日関係者から何度も聞かされた。遅刻や門限破りはもちろんのこと、試合前の練習中に相手チームの選手と言葉を交わすだけで罰金が科せられる。それもウン十万円である。当時、巨人の4番を打っていた原監督はフランクな性格からか、試合前の打撃練習中、ドラゴンズのコーチや選手に気さくに話し掛けてきたというが、罰金が怖くてみんな原監督が近寄ってくると逃げ回っていたという話も聞いたことがある。

 もっとも超高額な罰金を科す一方で星野監督は選手への手厚いフォローも忘れてはいなかった。試合で活躍した選手には罰金額をはるかに上回る金額の監督賞を与えていたし、給料の安い選手から徴収した罰金はシーズン終了後、選手の親に送っていた。試合でミスを犯した選手を厳しく叱責しても、その後で必ずチャンスを与える。令和となった今では考えられないような星野流のアメとムチだが、厳しさの中にも選手に対する愛情や温かみは確かに存在していた。

「あのときは星野監督にこんなふうに怒られたんだ」「星野さんのときのドラゴンズはこんなに厳しかったんだよ」。ドラゴンズのOBが星野監督時代のことを口にするとき、誰もがうれしそうに話すのは、なんだかんだいいながら、みんな星野監督のことが好きだったからだと思う。今回のトークショーで星野監督時代の話をしていた山本昌さんと山崎さんもどこか楽しそうであった(と個人的には感じた)。

 星野さんがこの世を去ってからもうすぐ2年になる。「お前、また面白おかしく書きやがって!」。もう二度と怒られることがないと思うとやっぱり寂しく感じてしまうのである。

(中京編集委員・宮本泰春)