【デスク発ウラ話】森繁和氏にこてんぱんにされた夜 今度はぜひ…

2019年11月11日 12時00分

 中日でシニアディレクター(SD)を務めていた森繁和氏(64)が今季限りで退団したことで、記者はちょっとした喪失感に襲われている。

 これまで携わってきた取材対象者の中でも、その言動や存在感はいい意味でも悪い意味でも群を抜いていた。色つきメガネをかけ、リーゼント風の髪形に褐色の肌とあって、見た目が“あっち系”の人ではないかと思えるようなコワモテであるばかりか、べらんめえ口調の熱血漢。落合監督が就任した2004年から投手コーチやヘッドコーチを歴任し、8年間でリーグ優勝4回、日本一1回を成し遂げた指揮官を名参謀としてずっと支え続けてきた。

 17年から2年間は監督として指揮を執ったが、昨季限りで監督を退いてからはSDとして編成部門を担当した。記者も04年からドラ番を務め、今年16年目の古株とあって、近年は森氏と顔を合わせるたびに「おう! お前、まだいるの!? 何書かれるか分かんねーから、あっちに行け!」と吐き捨てられるのがお決まりの“あいさつ”になっていた。

 複数の記者で取材するいわゆる「囲み取材」をとにかく嫌った。たとえ単独であっても当時、首脳陣だった森氏から「知らねーよ!」「うるせー!」「勝手に書けば!?」と言われるのはジャブみたいなもので、時には本気で激高し「バカヤロー!」「〇ね!」などと、ここでは書けないような罵声を浴びせられたこともあった。

 それでも、ただ怖いだけの人ではなく、選手に対してはもちろん、記者にも本当は優しい心を持っていた。実際、諦めずに質問を続けていると、せきを切ったように大放談し、東スポ紙面をにぎわせてくれることも少なくなかった。11年に球団初のリーグ連覇を達成しながらオレ流指揮官とともにヘッドコーチとして解任となった際は、本紙に独占手記まで寄稿してくれた。

 そんな森氏にこてんぱんにやっつけられてしまった“事件”がある。17年の沖縄春季キャンプ中に監督主催の食事会に招待されたときのこと。酒豪を自負する記者が「森さん、どちらがお酒が強いか勝負しましょう」と無謀にも飲み比べを挑んでしまったのが間違いだった。途中で気分が悪くなった記者は店のトイレに駆け込んだが、大便器まで間に合わず、手前の小便器内に吐いてしまうという大失態を犯してしまった。

 お互いに飲んでいたのはマッコリ、ワイン、泡盛の3種で割ったちゃんぽんだったが、どれだけ飲んでも森氏は最後まで平然とした顔で飲み続けていたという(記者はタクシーで宿泊先へ強制送還されたため見ていない…)。森氏の酒豪ぶりは想像を超えるものだが、それもそのはず、後日、驚がくの事実を聞いた。

 落合政権1年目の04年の沖縄春季キャンプで、初日から落合監督と野球談議に花を咲かせていたという森氏は「2人で朝まで飲み続けながら3日間、話し合った。俺はその3日間、全く寝なかった。ひょっとしたら落合監督は練習中に寝てたかもしれないけどね」とニヤリ。オレ流地獄キャンプを三日三晩、朝まで飲み続けながら不眠でグラウンドに立っていたとは、あまりに次元が違いすぎた。

「あの後、お前のせいで小便器が使えなかったじゃないか! 二度と飲みに誘わないからな!」と言いつつも、翌年の食事会にもちゃんと声をかけてくれた森氏。中日球団を去ってしまったが、ぜひまたどこかで酒を酌み交わさせてもらいたい。

(運動部主任・霞上誠次)