令和最初となる夏の甲子園に来ている。今年で5年連続の取材だ。その長丁場の間の現地休暇を利用して先日、奈良市内を一人で半日観光してきた。「東大寺盧舎那仏像」いわゆる「奈良の大仏」を一度も見たことがなかったので、宿泊先の大阪市内から近鉄電車で足を延ばした。

 初めて訪れた奈良公園。このエリアには奈良の顔ともいうべき天然記念物のシカが数多くいる。聞くところによれば、約1200頭も生息しているらしい。観光客が手にする名物、シカせんべいを目当てにシカたちは公園外の歩道、東大寺の敷地内や参道にまで行動範囲を広げている。街中でこれだけの数のシカと人が共存しているのは、おそらく世界を見渡しても珍しいだろう。

 しかし、その割に奈良公園の近辺にはフンを片づけている清掃員の姿が見当たらないことに気づく。約1200頭も生息しているのであれば、それこそ四六時中、掃除していないと足の踏み場もなくなってしまうはず。ところが思いのほかフンの数は少なく、ハエも飛んでいない。一体、ナゼなのだろうか。

 その秘密はコガネムシにあるという。コガネムシは通称・フン虫とも呼ばれ、シカがフンをするとすぐに中へ潜り込みエサにして食べてしまうというのだ。加えてハエの卵も摂取することから、人間に代わってバッチリと清掃員の役割を果たしている。おまけにフン虫が分解したフンは奈良公園内の芝生の肥料にもなっている。奈良独自の「自然の摂理」だ。

 だが、そうはいってもさすがに街中のフンが「ゼロ」というわけにはいかない。ボーッとしながら歩いていると時々落ちているフンを踏みそうになってしまうケースはどうしてもある。この日は全神経を配りながら歩いていたが案の定、東大寺を出て帰路に就くため奈良駅に向かおうとした際に思いっ切り踏んでしまった。まさに最後の最後でのバッドタイミング。靴の裏にくっついたフンを見て、がっくりと落ち込んでしまった。

 その後日のこと。奈良代表・智弁学園の奈良出身メンバーに「シカのフンを踏まないようにするにはどうしたらいいのか」と尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。

「奈良の人たちはフンを踏んでもほとんど気にしていないですよ。むしろ踏めば、逆に『ウン(運)がつく』という考えなのです」

 そうか、そういう解釈もあったのか。悪い出来事と思われても、逆に良いことと捉えれば心に余裕が生まれる。要は自分自身の受け止め方なのだ。考えを改め、シカのフンに感謝しながら真夏の高校野球取材に取り組むことにした。

(運動部デスク・三島俊夫)