カナノウ旋風の陰に隠れた「親子鷹」

2018年09月03日 12時00分

 第100回の記念大会となった夏の甲子園は、今年も大いに盛り上がった。準優勝の金足農(秋田)が「カナノウ旋風」を巻き起こし、その中でも3年生エース・吉田輝星は一躍シンデレラボーイとなった。その勢いの前に残念ながら涙をのんだのが、日大三(西東京)だ。

 20日の準決勝で対戦し、1—2で惜敗。2点を追う8回にヒット3本を集めて1点差に迫り、9回にも一死一塁と得点圏にまで走者を進めた。ここで代打で打席に立ったのは、2年生の前田聖矢だった。吉田の甘いボールを逃さず、三遊間へ放った強い打球は三塁手に好捕されたが、激走の末のヘッドスライディングで間一髪セーフ。一死一、二塁とし、一塁塁上で鬼の形相とともにガッツポーズを何度も繰り返す彼の姿を見て思わず武者震いした。日大三は結局あと一歩及ばずにカナノウ旋風の前に屈したものの、大会屈指の好投手・吉田を相手に前田聖矢が見せた気迫は胸に大きく響き渡った。

 実は前田聖矢は本紙評論家・前田幸長氏の次男である。2012年2月のこと。前田氏とともに各チームの沖縄キャンプ巡りをした時の話だ。

 その期間中、当時小学校5年生だった聖矢君が休日の数日間だけ我々に同行することになった。すでに野球を始めていたとはいえ、まだあどけない表情の少年。こちらが「よろしくね」とあいさつしても軽くうなずくぐらいで、どことなく人見知りしているように見受けられた。しかし、そうはいっても11歳の小学生なのだから無理もない。

 巨人がキャンプを張っていた沖縄セルラースタジアム那覇へ行き、聖矢君は当時指揮官だった原辰徳監督とも対面。頭をなでられ、白い歯をのぞかせた聖矢君の顔は今でもよく覚えている。

 あれから6年半の月日が経過した。今年の夏の甲子園で日大三のチーム取材に行き「さすがに、もう忘れているだろうな」と思いつつも声をかけてみようとすると目が合うなり、聖矢君のほうから「あっ! こんにちは!」と頭を下げられた。驚くと同時に、とてもうれしかった。

「たくましくなったね」

「ありがとうございます。かつて父が出場した甲子園で自分も力いっぱい戦いたいです」

 当たり前だが、かつての少年・聖矢君の面影はどこにもない。猛練習を積み重ねイジめ抜いたであろう体は目を見張るほどに屈強になっていた。

 アルプスの応援席で声援を送った父・前田幸長氏も「何か不思議な感じがするね」と言いながら、ちょうど30年前に自身が福岡第一のエースとして準優勝を成し遂げた聖地のグラウンドを感慨深げに見つめていた。親子鷹の実現は2人を知る自分にとっても、感無量だった。

 聖矢君、いや日大三の前田聖矢には2年生ながらも強豪校でベンチ入りした経験を生かし、来年また聖地に帰ってきてほしい。

(運動部デスク・三島俊夫)