世田谷一家殺人事件で捜査本部が重視する2つの遺留品

2018年05月31日 12時00分

 2000年12月30日に東京都世田谷区上祖師谷で発生した世田谷一家殺人事件で、警視庁成城署捜査本部が先頃、犯人の遺留品から推定した「犯行当時15〜20代くらいの細身の男」という犯人像を発表した。

 多くの遺留品がありながら、18年たってもいまだ未解決の宮沢みきおさん一家4人刺殺事件。発生当時から東スポ取材班も様々な取材を行ってきたが、若年層の犯人像は早い段階で報じた。

 今回、捜査本部が重要視したのは犯人の遺留品の中のマフラーとヒップバッグ。チェック柄のマフラーは長さ130センチ。成人用としては短く、繊維の状態から数年間使用していたことが裏付けられる。ヒップバッグも底部分が磨耗し、内側には蛍光塗料やインクが付着し、学生が長年使っていたと考えられるという。こうした点から冒頭の年齢幅が推定できるというわけだ。

 これまで、新聞や週刊誌、月刊誌、単行本など様々なメディアが「韓国人元軍関係者」「韓国出身宗教関係者」「アジア系外国人かハーフ」などと犯人像を報じてきた。

 本紙は早い段階から「10代後半〜30代半ば」「家族と同居」と報じてきた。中でも注目すべき事実は、捜査本部が2006年に明らかにした「ハンカチの細工」だ。遺留品の黒いハンカチの中央には切れ目があり、そこに凶器の包丁の刃を入れて、柄部分を覆って、返り血を浴びないよう細工されていた。

「そのハンカチも、これまで遺留品として何度も報じられてきた袖部分の色が違うトレーナーも、何度も洗濯され、アイロンがかけられていた形跡があった」(当時の捜査関係者)

 犯行後に冷蔵庫にあったアイスクリーム、メロンを食べ、ビールには手をつけず、ペットボトルの麦茶を飲んでいたこと、8歳の長女、6歳の長男までも惨殺したことなどから、薬物中毒者ともみられたが、現場に残された犯人の血液からは「薬物、酒、たばこいずれも摂取していない」(同)との結果が出ていた。

 本紙社会面でかつて「Newsの核心」を連載していたジャーナリストの山元泰生氏は2007年に発売した著書「世田谷一家殺人事件の真実」で、驚くべき事実を公開した。

「犯人が犯行後、現場の宮沢さん宅のトイレで大便をしており、捜査本部は便槽までの配管から犯人の大便を特定し、分析していた。すると、インゲンとゴマが検出されたのです。手作りのインゲン豆のゴマあえを半日〜1日前に食べていた。つまり、母親と同居している男の可能性が高い」(山元氏)

 遺留品のファッション、ヒップバッグに残された微量の砂、ハンカチに染み込んだ香水などから、スケートボード愛好者の可能性が指摘されてもいた。

 宮沢みきおさんの父親で、全国の殺人事件被害者遺族でつくられた「宙(そら)の会」会長を務めた、宮沢良行さんは2012年、84歳で亡くなった。会長として時効が撤廃された改正刑事訴訟法施行(10年施行)に尽力した。埼玉県内の自宅を訪ねた時、生前の孫との思い出に笑顔を見せながらも、事件解決の糸口さえ見えないことに、無念の表情を繰り返していたのを思い出す。

 一家4人が大みそかを迎える深夜、冷酷なまでに次々と全員を刺殺し、手にケガを負いながらも、誰にも目撃されなかった犯人。現在は33〜47歳になっているはずだが、その影すら見えない。

(文化部副部長・延 一臣)