“本当の大スター”像を感じさせた西城秀樹さん

2018年05月24日 12時00分

 西城秀樹さんが亡くなった。短期間の連載ではあったが「西城秀樹歌手生活35周年 奇跡の復活 ヒデキカンゲキ!」でもお世話になった。

 脳梗塞で倒れて以来、3年ぶりのシングル「めぐり逢い」を発売というタイミングでのインタビューだったが、秀樹さんが現れたときの第一声が「なんだ、東スポっていうから、どんな感じなんだろうって思ってたけど、キミだったのか」だった。そう、それまで何度も話をする機会があったのだ。

 最初に秀樹さんと会ったのは、2000年の紅白歌合戦の初日リハーサルのときだ。秀樹さんは「ブルースカイブルー」で17回目の紅白出場を果たし、司会者との顔合わせということでNHKのスタジオに来ていた。

 当時の紅白取材というのは、スタジオ近くに4人掛けのソファがあって、そこに歌手が座り、記者が囲むというスタイルだった。

 秀樹さんもそこに座り、記者に囲まれながら、意気込みなどありきたりの話をしていたのだが、いつの間にか話が最近の音楽事情だったり芸能事情だったりと脱線していった。

 詳しく何を話したかを覚えているほど大事な話ではなかったが、数人の記者で秀樹さんを取り囲み、延々と1時間半以上にわたり与太話になってしまった。初日リハでその状態だ。2日目のリハは、今度はNHKホールの楽屋ロビーで同じような雑談を延々と繰り広げたことを覚えている。

 そのころ、私はまだ駆け出しの記者だった。にもかかわらず、延々と面白い話を繰り出す秀樹さんに「大スターなのにずいぶん気さくな人ですよね」と後日、先輩の記者に聞いたことがある。そのときに返ってきた答えが「本当の大スターだから気さくなんだよ。西城さんだって良いことも悪いこともあったはず。それを乗り越えているからこそ、記者にもああやって気さくに話せるんだろうな」。

 その答えが正解かどうかは分からないが、その紅白以来、取材現場で会うと秀樹さんのほうから声をかけてきてくれたことが何度もあった。ある芸能界のゴルフコンペで会ったときも「最近やってなかったから、あんまりスコアが良くなかったよ」などと笑顔で話してくれたことを覚えている。

 そんな秀樹さんだったので、短期連載のインタビューは、レコード会社のスタッフも爆笑に次ぐ爆笑だった。半生を駆け足で振り返るというもので、上京したときの話から、ステージ上で秀樹さんが初めて使ったという軽量のマイクスタンドからペンライト、ガス噴射演出などの話。パンティーが投げ込まれるステージの話など盛りだくさんだった。

 その後もインタビューや取材などでお世話になることもたびたびあったが、いつも変わらず気さくなスタイルだった。秀樹さんは「本当の大スター」だったのだろう。

(文化部デスク・島崎勝良)