「水掛け祭り」と呼ばれるタイの旧正月・ソンクラン(4月13〜15日)の時期、首都バンコクには外国人観光客が殺到。国籍や性別、年齢に関係なく、見ず知らずの者同士が水を掛け合ったりしてバカ騒ぎする。

 空港の入国審査は長蛇の列。水掛け会場最寄りにあるBTS(スカイトレイン)の駅も人でごった返し、電車に乗るだけで数十分はかかる。券売機の性能がもともと悪く、投入したコインやお札が認識されず戻ってきてしまう上、券売機内のつり銭が切れているにもかかわらず、両替にあたる駅係員が1〜2人しかいないからだ。

 初乗り35バーツ(約120円)のメーターを使わず、言い値でしか客を乗せないボッタクリタクシーも、深夜の歓楽スポット周辺では普段以上に横行。外国人にはあり得ない値段を吹っかけてくる。通常50バーツ(約170円)で行ける距離が4〜6倍になり、タイ語で値段交渉できなければ、言い値をのむしかない。といっても円に換算したら700〜1000円だが…。

 とにかく外国人には不便が多い。日本人のペースからすると、タイ人は何をするにも遅いし、なぜか日本より速いのはエスカレーターぐらいだ。日本人よりセカセカしている韓国や中華圏の人たちは、もっとストレスを感じるのでは。それでも、バンコク旅行のリピート率は高い。数時間のフライトで行けるアジア圏からの観光客は特に多い。人々を魅了してやまないのはなぜなのか?

 アメリカの友人Jは今年のソンクランで、一昨年末にゴーゴーバーからお持ち帰りしたタイ人と再会した。彼は25歳の妻子持ち。父親が病気になり田舎の実家へ一時帰っていたが、最近バンコクへ戻り、今はトゥクトゥク(三輪タクシー)の運転手をしているのだとか。

 これまでLINEで日常写真やスタンプを送り合ったりして、遠距離交流をしていたという。今回初めて2人で食事したのだが、それはJにとってかなりのストレスだった。そのタイ人は英語が全く話せず、翻訳アプリを使っても誤訳ばかりで意思疎通が難しく、ボディーランゲージと笑顔で返すしかなかったからだ。

 ただ感化されたことが一つ。町の至る所にあるお祈りスポットを通りがかると手を合わせたり、決してお金に余裕があるわけではないのに、駅のコンコースや道端に物乞いがいたら、ごく自然に小銭をあげたりする彼の姿にJは驚いたそうだ。

 バンコクに長く駐在していた別の友人いわく、それは「周りの人にいいことをすれば、いつか自分に返ってくる」という仏教の教えが生活に根づいているから。「それって結局は自分のためで、タイ人は個人主義なんだけど、階級社会の中、彼らは自分たちの階級なりの幸せを見つけて、割と楽しく生活していると思うよ。自分もタイは好き。また行きたい」

 そういえば、私も学生時代から数えて30回はタイへ行っているが、バンコクで友達になった雑貨商は実家に泊めさせてくれたり、おばあちゃんとの家族マージャンに交ぜてくれた。そこのスタッフも、私が「ピンクのイルカが見たい」と言えば、地方の水族館まで付き合ってくれたり、友達数人と同居するアパートでざこ寝させてくれたり…。日本人だからと特別扱いせず、同じ目線で受け入れてくれた。

 3年前、バンコクで友達になった地元人気レストランシェフBは、2年前、台北で再会したとき、お土産にタイ王室御用達ブランド「カルマカメット」のディフューザーをくれた。LCC利用だったため、100ミリリットル以上の液体物は機内に持ち込めず、それを持ち帰るのに結局、追加料金を払うハメに。そのときは〝余計な物、くれなくてもいいのに〟と思ったが、自分の部屋でいまだ漂うその香りは、Bの心遣いをいつも思い出させてくれる。

 次は自分が返す番。Bがこの冬、家族旅行で東京に来たときに作り、帰国日までに完成しなかったメガネ3つを預かっていたから、それを今回届けた。タイへ出発する直前、Bはさらに「ロイズ」の生チョコを買ってきてとリクエスト。それも抹茶とビターを5個ずつ。食いしん坊のBのことだから、バンコクに到着早々、渡しに行き「全部自分で食うの?」と聞いたら「家族がコレ、大好きだからあげたいんだ」と言っていた。

 身分や職業、地位、金持ちかどうかに関係なく、タイには“人間の質”がいい人々が割と多く暮らしているような気がする。そんな地元民を介し、生活レベルや環境、習慣、文化、そして外見も違う外国人同士がボーダーレスに触れ合えるから、ソンクランは盛り上がる。物価が安い、いいホテルに安く泊まれる、観光気分で非日常が味わえる、風俗産業が充実している…そんな利点を実感したら、次は人でタイの良さを知ってほしい。

 帰りの空港でチェックインする際、列のすぐ後ろに並んでいた日本人の男女は、今回の旅でお世話になった地元友達に、LINEのビデオ通話でお礼を言っていた。2人ともニコニコしながら「次は11月に来るね」と声もはずんでいた。

 タイは別名「ほほ笑みの国」。その由来は「にこやかな表情の人が多いから」「タイ人は良くも悪くも笑ってごまかすから」など諸説あるが、実際は飲食店でも風俗店でも結構、愛想のない店員が多い。私なりの解釈は「来た人たちを笑顔にさせる国」。だから人々が自然と集まるんだと思う。

(文化部デスク・醍醐竜一)