タレントやスポーツキャスターとして活躍中のフローラン・ダバディ氏(43)といえば、フランス出身のセレブで日本文学などにも精通するインテリ芸能人。しかも2002年日韓W杯で日本代表をベスト16に導いたフィリップ・トルシエ氏の「通訳」を務めたことでも知られている。

 テレビ出演などの際には「日本代表の元通訳」という肩書で紹介されることが多いが、当時の正式な役職は「パーソナル・アシスタント」であって「通訳」ではない。グラウンドで熱血指導するトルシエ氏の指示を懸命に選手へ伝えるなど、その業務内容は主に“通訳”だったはずだが、なぜなのか。これには複雑な事情がある。

 もともと日本サッカー協会では外国人監督の通訳には「日本人が望ましい」という見解を持っていた。これはイレブンが日本人ならではの独特な言い回しや微妙なニュアンスで指揮官と意思疎通するためには、日本語を母国語とする人物の方が適任という考え方だ。トルシエ氏が監督に就任後、複数の通訳候補がリストアップされていた。

 ところが、トルシエ氏は日本で知り合ったダバディ氏を「通訳」にすることを希望した。当時のダバディ氏は「通訳」を本業にしていたわけではなかったし、日本語で日常会話はできても、たどたどしい面も多分にあった。このため、トルシエ氏と選手たちが、しっかりとコミュニケーションを図れるかは微妙なところだった。

 しかも、02年W杯はホスト国として、日本サッカーを世界に発信する機会も多かった。特に公式の場では、言葉の使い方なども含めて正確性が求められるため“素人通訳”を懸念する声も出ていたが、トルシエ氏はあくまでダバディ氏の起用に固執したという。

 協会側は「通訳は日本人が望ましい」としていた一方、監督が信頼する人物でなければ、うまくイレブンに指示を出せないし、意向も伝わらないという事情を考慮。そこでダバディ氏の役割を主にチーム内とし、対外的な行事やイベントにはプロの通訳を派遣した。当時の日本サッカー協会幹部は「ダバディは通訳ではなく、あくまでトルシエ監督の個人的アシスタントという立場」と強調していた。

 もちろん、ダバディ氏が試合後の会見でトルシエ氏の通訳を務めることもあり、役割に明確な線引きがあったわけではない。あくまで協会としての立場上、あるいは何かトラブルや問題を起こした際、リスクマネジメントとしての肩書だったのではないだろうか。

 テレビを見ていて「サッカー日本代表の元通訳」とダバディ氏が紹介されるのを見るたび、当時の複雑な状況を思い出してしまう。

(運動部デスク・三浦憲太郎)