今年2月、侍ジャパンが宮崎でキャンプを張っていたある日のこと。記者は当時、担当する巨人を一時離れて、WBC本大会を間近に控えた侍たちを追いかけていた。その日も練習が終わると、キャンプ地近くのファミレスへ直行。パソコンを開き、原稿の執筆に取りかかっていた。

 辺りが真っ暗になったころ、一人の選手が店に姿を見せ、記者の目の前に腰を下ろした。巨人の高木勇人だった。チームの一軍はすでに沖縄へ移動していたが、その切符を逃した右腕は二軍の宮崎キャンプに居残りとなっていた。「ここで待たせてもらってもいいですか?」。聞けば近くの店で知人と食事の約束をしているのだが、宿舎を早く出発しすぎたのだという。

 追加のドリンクバーを注文すると、記者は急いで原稿を書き上げて送信。高木勇とのファミレス談義が始まった。話が盛り上がったのは“プエルトリコ武者修行”について。高木勇は前年末まで球団の期待を背負って同国のウインターリーグへ派遣されていたのだが、そこでの生活が世界観を変えるものだったという。

「他の選手は外に出ようとしませんでしたが、僕は異国の文化に触れるのが好き。地元の人が集うバーに一人で飛び込んでみたり、食べ歩いたりするのが楽しくて…。ラテンの空気が僕には合うみたいです」と目を輝かせて語っていた。その一方で、意外な悩みも打ち明けた。入団以来、「僕は、僕です」など数々の“迷言”を放つ天然キャラが売りだったが、「これからはもっと力強い自分をアピールしたいんです」というのだ。

 それならばと記者も提案。「海外で武者修行したレスラーが日本に帰ってくるとキャラが変わることがあるでしょ。例えば新日本のトップレスラー、内藤哲也の場合は…」。本紙読者にはもはや説明不要の決めポーズを指南すると、高木勇は「それ、カッコいいですね!」と反応。「お立ち台に上がる機会があればやってみます!」と一発採用してくれた。その場のドリンクバー代は記者が支払ったが、ネタを一つ仕込めたのだから安いものだ。

 迎えた今シーズン、波に乗る本家・内藤はマット界を飛び出し、本格的に球界へ進出。マツダスタジアムで流れる広島ファンの有名人応援歌動画に登場し、中日のホープ・小笠原とも合体を果たした。だが高木勇のお立ち台機会は、結局最後まで巡ってこなかった。

 そして先日の西武移籍発表。巨人がFA補強した野上の人的補償に選ばれたのはご存じの通りだ。ただ、くすぶっていた高木勇にとっては千載一遇のチャンスだろう。先月の宮崎秋季キャンプでは「僕には時間がない。ギリギリまで追い込んで、生まれ変わった自分をアピールしないといけない」との悲壮な決意も聞いたが、チームが変われば周囲の見る目も変わる。今はあせらず、新天地で戦う準備を積んでほしい。いや、ここは「あっせんなよ」と書くべきだった。

 例の話はもう忘れてくれて結構。万全の状態で来季を迎え、これまで通り“制御不能”なインタビューで所沢のファンを沸かせてもらいたい。

(運動部主任・堀江祥天)