埼玉愛犬家連続殺人事件 裁判で明らかになった主犯Xの“残忍哲学”

2016年10月06日 12時00分

 1995年1月、埼玉愛犬家連続殺人事件の主犯の容疑者元夫婦がやっと逮捕された。前年に大阪で同様の事件が発生し「埼玉でも同じように複数の愛犬家が失踪している」との情報が広がり、メディア各社が丸1年にわたって報道を続けた末の逮捕劇だった。

 93年に会社役員男性、暴力団組員2人、主婦の計4人を殺害、遺体の処理方法は残忍極まりなかった。他にも、84年に殺害したとされる暴力団組員、トラック運転手、死体の処理をしたとされるスナックのママの計3人は関係者の証言があったものの、証拠不十分のまま未解決となった。

 逮捕されたX(53=当時)、Y(38=当時)は元夫婦(偽装離婚とみられる)で、埼玉・熊谷市内でアラスカン・マラミュート、ローデシアン・リッジバックなどの希少犬を販売、繁殖するペットショップを経営。バブル経済の余韻がまだ残り、ペットブームがまだ続いていた当時、Xは日本のブリーダーの間でも「アラスカン——」の第一人者といわれた有名人だったこともあり、そのつがいが計1100万円で売れるほどだった。

「珍しい犬だから、高く買ってもその子犬が同じくらいで売れるので、元は取れるという投資目的の人も多かった。Xも売るときは『子供はウチで買い取る』と言いながら、結局はケチをつけて買わない。トラブルになると、X本人がヤクザまがいで、暴力団との関わりも出してくる。奥さん(Y)も怖かったから、泣き寝入りする客も多かった」(当時の関係者)

 店を知る別の関係者は、Xらの逮捕後「Xは『オレは(犬のエサ用の)牛や豚の肉や骨をミンチにする機械を持っている』と言っていて、もしかしたらそれで人間も…と思うとぞっとする」とも話していた。

 後にわかったのは、被害者4人の殺害方法は、犬の殺処分用の薬・硝酸ストリキニーネをカプセルに入れ「栄養剤」とだまして飲ませていたこと。遺体は共犯者のZが所有する群馬・片品村の犬の訓練所兼自宅に運び、浴室で解体。骨と肉に分け、骨は灰になるまで焼いて、山林や川に遺棄していた。

 裁判などでは、Xの異常な“殺人哲学”も明らかになった。

 共犯のZには「殺しのオリンピックがあれば、オレは金メダル間違いなしだ」「殺しは10代からやっている。仲間も10人いる。最初にやったのは秩父のラーメン屋。A(会社役員男性)は32人目だ。オレが捕まったら新聞の見出しは昭和の殺人鬼だな」などと言い放ち、死体解体などの指示に従わせていた。

 Xは、信条のように「世の中のためにならないやつ、欲張りなやつを殺す」「血は流さないことが重要」「死体(ボディー)を透明にすることが一番大事」とも語っていた。

 その言葉通り、すべてが「遺体なき殺人事件」だったが、警察は焼却後に川に捨てられた携帯電話の基盤、義歯、所持品の部品などの微細な証拠を執念の捜査で発見した。

 X、Yは2001年の一審で求刑通り、死刑判決。控訴した05年の高裁判決は控訴棄却、09年の最高裁は上告を棄却し、元夫婦の死刑判決が確定した。元妻Yは再審請求棄却を経て現在、特別抗告中だ。

 X、Yの逮捕直後に阪神・淡路大震災が発生し、この事件の報道は縮小されたため、世間の記憶は薄いかもしれない。だが、その異常性を語った関係者の脅えたような表情は今も忘れられない。

(文化部副部長・延 一臣)