野球殿堂入りした古田敦也さんとの思い出

2015年02月16日 12時00分

「ふざけるな! お前もう二度とオレのそばに寄るな!」。今から22年前の1993年2月4日。米国アリゾナ州ユマのヤクルトキャンプ地に古田さんの怒声が響き渡った。怒鳴られたのは駆け出し記者だった自分。普段温厚な古田さんのあまりの剣幕にたまたまその場に居合わせたルーキーの伊藤智仁も固まって動けない。とにかく超ド級の怒りっぷりだった。

 原因はその日の本紙1面だった。「古田激怒!3人の隠し子騒動」という大見出しが躍っていた。古田さんの内縁の妻を名乗る24歳女性が東スポに「古田さんの子供を3人生みました」という電話を掛けてきたのが事の発端。当時のヤクルトフィーバーはすさまじく、選手が神宮球場から室内練習場へ向かう際には、押し寄せるツバメギャルをかき分けなければ前へ進めなかったほど。中でも古田さんの人気はダントツで「隠し子騒動」も“古田ラブ”の思い込みの激しい女性ファンが少しでも本人とつながりを持ちたいという妄想から起こした狂言だった。

「子供なんかいるわけないでしょ。そんなのいませんよ」。記者の直撃にあきれながら返答した古田さんだったが、それが東スポの1面で大々的に報道されてしまったことに怒り爆発。まあ、今振り返ってみてもあれは怒られて当然だったとは思うが「二度とそばに寄るな」と激怒したにもかかわらず、その後も記者が質問にいくと、ちゃんと答えてくれたのはありがたかった。

 おそらく記者と東スポに対する怒りはずっと消えていなかったと思う。それでも野球に関する質問にはしっかりと答えようとする古田さんの姿勢にはひそかに感服していた。そんな度量の大きさがあったからこそ、日本プロ野球最大の危機と言われたストライキ問題で経営者側と粘り強く交渉し、解決に導くことができたのではないだろうか。

 選手としての活躍は言うに及ばず、選手会長としても抜群の指導力を発揮してきた古田さんの殿堂入りに誰も異論はないだろう。野球殿堂入り本当におめでとうございます。そして“あの時”はご迷惑おかけしました。

(中京編集部 部長・宮本泰春)