テレビ局を懺悔させた竹原慎二のスーパーファイト

2015年01月08日 12時00分

 年末のボクシングは、井上尚弥が衝撃的なKO勝ちを見せるなど、大いに盛り上がった。改めて、現在の日本はちょっとしたボクシング黄金期であることを実感した。

 この盛り上がりを見て、ふと思い出したのが、元世界ミドル級王者・竹原慎二のことだ。昨年膀胱がんが判明し、その病状が心配されているが、彼が日本ボクシング史上に残るボクサーということを忘れてはいけない。

 1995年12月19日のタイトルマッチで勝利し、日本人で初めて世界ミドル級王者になった。ただ、タイトルマッチ前、彼の勝利を信じる者はほとんどいなかった。

 アジアでは無敵で、23戦無敗という華々しい実績を持っていたが、相手が悪かった。チャンピオンのホルヘ・カストロ(アルゼンチン)は戦績104勝(98KO=当時)の「怪物」だった。圧倒的なパンチ力と、アマ・プロ通じてダウンをした経験がないというタフネスさを兼ね備えていた。

 試合前、竹原は「殺されるかもしれない」と漏らしたほどだ。おかげでその期待値の低さは目を覆うばかりだった。試合会場は後楽園ホール。おまけに、生中継はなし。テレビ東京の深夜枠での録画放送。重量級の試合なのに超がつくほど「軽い」扱いだった。

 しかし、こうした前評判を覆すべく、竹原は序盤から前に出た。3Rに左のボディーブローでカストロにとって「生涯初」のダウンを奪うと、その後両者一歩も引かない激しいファイトが展開された。ズドン!ズドン!という音を立てる迫力満点の重量級の打ち合いに、会場のファンは熱狂した。隣で試合を観戦していたボクシング記者歴20年のベテランが目を輝かせて「すげえ!」と感嘆の声を上げた。

 試合は竹原が3―0の判定で勝利。完勝だった。日本人がミドル級の王者になるのは「不可能」とさえ言われていた。テニスで言うなら4大大会で優勝するようなものだと思う。が、残念ながら、その歴史的快挙を生で見ていたのは、あの時後楽園ホールにいた1000人程度の人間だけだった。

 試合後、テレビ東京の関係者は「生放送すべきでした。後悔してもしきれません」と顔面蒼白になっていた。もちろん、私が会場で観戦した試合の中でも、サイドストーリーを含め、ダントツのベストファイトだ。

 日本人の世界王者は多数出ているが、竹原以降、ミドル級王者は誕生していない。次は同じ階級の村田諒太が大会場で生中継される中で、快挙を成し遂げることを期待したい。

(編集顧問・原口典彰)