小林麻央さんと逸見政孝さん

2017年07月20日 11時00分

 乳がんで闘病し、ブログで前向きな気持ちを発信し続けた小林麻央さん(享年34)が6月22日、死去したことは多くの人々に衝撃を与えた。克服していれば、世の中に貴重な実体験を包み隠さず発信できたはずだ。

 そんな気持ちになったのは、入社3年目の駆け出し記者だった1993年12月に死去した、人気司会者・逸見政孝さん(享年48)の時もそうだったからだ。

 7月9日に放送された「フルタチさん」(フジテレビ系)は「アナウンサー逸見政孝 最期の仕事 日本が泣いた告白会見『私の病名はがんです』」と題して、個人的な親交があった司会の古舘伊知郎(62)との秘話を放送した。

 フジテレビを88年に退社後、フリーとして活躍していた逸見さんが93年9月に行ったがん告白会見は日本中に衝撃を与えた。胃がんであることを前述の通り、自ら明かし「できれば、がんをやっつけたい」と闘病宣言。会見場にいた約180人の報道陣からは、その姿に自然と拍手が湧き起こった。

 これより7か月前の同年2月、逸見さんは「十二指腸潰瘍の手術」を終え、司会を務めていた「夜も一生けんめい」(日本テレビ系)の収録に復帰したとして、会見。その取材をした。

「胃の3分の2を切除し、体重は62キロだったのから57〜58キロになりました」と語った逸見さんの取材内容をデスクに電話報告すると「お前はコトの重大性が全くわかっていない」と怒鳴られた。関係者への追加取材を命じられ、その後の取材で“なんとか巻き返さねば”と思ったのを覚えている。

 後に判明するが、逸見さんはこの時、胃がんという本当の病名を隠していた。

「本当のことを言うと多くの方に迷惑をかける。許してもらえるウソと考えていたが、こんなに早く本当のことを言わなければならなかったのは残念です」。9月の告白会見で逸見さんは正直に語った。

 本来なら、胃切除手術でがんを完全に切除し、週5本抱えていたレギュラー番組もそれまで通り、担当し続けるはずだったが、がんは進行の早いスキルス性胃がんで、術後、再発、転移。全ての仕事をいったん休むしかなく、隠し通すこともできなくなった。

 所属事務所関係者に逸見さんは「正確な情報を発信するアナウンサーという仕事を生業(なりわい)にしている自分が、ウソをつくのは本当に嫌だった」と語っていたという。

 逸見さんは画面通りの生真面目さと律儀さの人だった。死去する前後には定期検診を受け、がんを宣告された病院との早期発見、告知をめぐるいざこざもあった。

 晴恵夫人や事務所関係が「専門医で手術した方がいい」と勧めたが、逸見さんはこうキッパリと語った。

「私はそんな失礼なことはできません。これまでお付き合いして信頼している。院長自ら執刀してくれるとおっしゃってます。患者として無節操なことはできません。私の人生訓とは違います」

 がん告白会見以降は、全て隠したくないという逸見さんの意向通り、所属事務所側も随時会見し、包み隠さず、真実を伝え続けた。

 小林麻央さんもブログ「KOKORO.」を通じて、自身が置かれた状況、素直な心境、周囲への感謝をつづり、写真までも、隠すことなく公開した。前向きな気持ちで闘病生活を続ける清く尊い精神は世界中に伝わった。英国公共放送BBCは2016年の「世界に影響を与えた100人の女性」に選んだ。

 麻央さんも逸見さんも“表”に出る著名人、広義の公人としての役目を全うした。その信念、生きざまは本当に立派だと思う。

(文化部副部長・延 一臣)