ハダカの長嶋巨人(33)

2017年07月10日 12時00分

【杉山茂コーチの巻】

 当時の長嶋巨人にあって、最も息の長い活躍をされていたのがトレーニングコーチやバッテリーコーチを務めていた杉山さんだ。

 1968年のドラフト会議で6位指名され、銚子商から巨人入団。80年に現役引退後はすぐにコーチに就任し、実に2003年まで35年間も巨人のユニホームを着続けた。

 杉山さんにはこんな伝説もある。巨人の選手寮は4階建てでルーキーが2階の部屋を使用し、1年ごとに上の階へと上がっていくシステムで「4階でだめなやつは、荷物をまとめて田舎に帰るしかない」と言われていたのだが、このシステムを豪快に破ったのが杉山さん。実に9年もの寮生活を送った。「選手寮のヌシ」ともいえる存在だったわけだが、温厚で面倒見のいい性格ということもあり、若い寮生たちには「ヌシ」というほど怖い存在でもなかったのではないかと思う。

 ただ時折、試合中にベンチから飛ばすヤジのパンチが利き過ぎて、相手の選手を怒らせてしまうことはあった。杉山さんのヤジにブチ切れた選手が試合後に「(背番号)82番の人(杉山さん)を呼んできてもらえますか」と巨人のロッカーを襲撃した時のことは、今でもよく覚えている。

 そんな杉山さんの取材で最も印象に残っているのが「空中浮揚術」について。当時、ある宗教団体の教祖が座禅を組んだ状態で空中に浮いている写真が話題となったことがあったが、杉山さんは自信満々に「オレのほうがもっと高く飛べるよ」と言っていた。

 つまり「空中浮揚術」とは、座禅を組んだ状態のままジャンプし、その瞬間を写真に収めるというもので、話題の教祖の浮揚高度は「地上15センチ」と言われていた。だが、杉山さんに言わせれば「オレの記録は25センチ」と胸を張り「ジャンプといっても、ちょっとやそっとの訓練でできるもんじゃない。体の柔軟性も必要になってくる」と、そのやり方についても解説してくれた。トレーニングコーチとして巨人の選手にも「故障防止のためにはいい練習になる」と、空中浮揚術の練習をやらせていたという。

 杉山さんは現在、玉川大学野球部の特別コーチとして、後進の指導にあたっている。ジャイアンツの歴史と伝統を知り尽くした「ヌシ」の教え子たちが、近い将来、プロ野球の世界に入ってくるのを楽しみにしている。

(運動部デスク・溝口拓也)