【デスク発ウラ話】平成初期のレジャー産業を象徴した“テーマパーク”

2019年05月23日 12時00分

 元号が令和に変わってから間もないが、既に平成という時代がずいぶん昔のような気がする。記者としてレジャー関連の取材をするようになって30年以上がたつ。つまり、平成時代は丸々レジャー記者だったというわけである。

 30年間の平成レジャーシーンをずっと見てきて印象に残っているのは、やはりバブル崩壊前の娯楽の活況だ。特にそれを象徴していたのが、平成初期のテーマパーク開園ラッシュだろう。

 いわゆる“遊園地”は昔からたくさんあったが、特定のテーマをコンセプトにした比較的大規模なレジャーランドをテーマパークと呼ぶようになったのもそのころからだと思う。東京ディズニーランドこそ、もっと前の昭和の開園だが、日本全国に次から次へとテーマパークが誕生したのは平成に入ってからだ。

 1987年に「総合保養地域整備法(リゾート法)」が制定されたことが大きな原動力となり、一気にテーマパークの建設がスタート。例を挙げれば、90年にスペースワールド(北九州市)やサンリオピューロランド(東京・多摩市)、修善寺虹の郷(静岡・伊豆市)が開園。その後も91年にレオマワールド(香川・丸亀市)、93年に横浜八景島シーパラダイス(横浜市)、東武ワールドスクウェア(栃木・日光市)、新潟ロシア村(新潟・阿賀野市)、94年には志摩スペイン村(三重・志摩市)と続いた。平成でいえば、2〜6年に集中している。世の中のバブル景気は平成3年までなので多少のズレはあるが、どの施設も計画がスタートした時期からすれば、まさに平成初期はバブルに後押しされたテーマパーク花盛りの時代だったといえるだろう。

 ここに挙げたほとんどのテーマパークをオープン当初に取材しているが、どこも本当に立派な施設であり、集客的にも大にぎわいだった。しかし、必ずしもその好調さを維持できるかといえばなかなか難しく、現在でも多くの観光客が訪れている施設がある一方で、中にはすでに経営難で閉園してしまったり、経営母体が変わったところもある。

 平成も半ばを過ぎると、2001年開園の東京ディズニーシーとユニバーサル・スタジオ・ジャパンという“大物”を除けば、新しいテーマパークがほとんど誕生していないことを考えると、やはり平成初期はテーマパークバブルだったのだろう。

 令和という時代のレジャーシーンがどうなっていくのかは分からないが、平成初期のワクワク感を日本中がまた味わえればと願う。まあ、実際それは難しいだろうなとは思うけれど。

(文化部デスク・井上達也)