【デスク発ウラ話】もう一度見たい“官兵衛”森脇浩司氏の軍略

2019年04月29日 12時00分

 先日、懐かしい人物がヤフオクドームに来ていた。現役時代に「球界の草刈正雄」と呼ばれたダンディーな風貌…。元オリックス監督で昨季まで中日の一軍野手チーフコーチだった森脇浩司氏だ。

 もともと森脇氏は王監督(現・球団会長)率いるダイエー、ソフトバンクで10年以上にわたりコーチとして活躍。王監督が胃がん手術にともない休養した際には代行監督も務めた。今回は4月から福岡工大の特別コーチに就任したこともあってのあいさつだったようだ。

 そんな中で、ふと思い出したことがあった。ソフトバンクのヘッドコーチを電撃解任された翌年のこと。球場で会うと寂しそうに「僕はね。王監督に仕えるとなったときから、黒田官兵衛のようになりたい。監督を縁の下で支えていきたい。そう心に誓って取り組んできただけだったんだけどね」と話していた。

 2009年オフ、秋山監督の就任1年目のシーズンを終えたチームに不可解な人事があった。秋季キャンプも終えてチームは来季に向かっていた11月24日。オリックス監督を解任されたばかりの大石大二郎氏と入れ替わる形で、森脇ヘッドの退任が発表された。

 現場はナインを含めて騒然となったと聞く。前フロント体制の時期だが、ワンポイントでの森脇政権誕生の可能性を含めて、今後の組閣に影響を及ぼしかねない存在感を疎ましく思う勢力がいたことが原因の一つだった。

 補足すると森脇氏は戦国時代の名参謀・黒田官兵衛の生まれた土地とも言われる兵庫県西脇市黒田庄町出身。その官兵衛が集大成として晩年を過ごしたのが福岡だった。それだけに自らの足跡とも重ね合わせて名参謀役を目指してきたという。

 それが皮肉なものだ。歴史上の官兵衛も切れ者であるがゆえに主君の秀吉から恐れられて、晩年は冷遇された人物だった。実は天下取りを狙っていた…なんて俗説まであるほどだが、まさに同じ道をたどることになってしまったというわけだ。

 しかし、世の中、何があるか分からない。その後、巨人、オリックスのコーチを歴任した森脇氏は、12年に岡田監督の休養でオリックスの監督代行に。翌年から正式に監督に就任した。
 そして14年にはソフトバンクと最終ゲーム差なしの大激戦を演じる。直接対決の「10・2決戦」に敗れて、まさかの“官兵衛の天下取り”こそならなかったが、いま振り返っても最高に手に汗を握る名勝負だった。

 森脇氏は球界きってのノックの名手としても知られる。今後は大学生を鍛え上げていくことだろうが…。群雄割拠のプロ野球界。個人的には再び“軍略”を発揮する機会が来るのではないかと思っている。

(運動部主任・木下大一)