「刑務所のアイドル」の16年後

2017年01月26日 12時00分

刑務所のアイドル「Pai×2」のManami(左)とMegumi

「刑務所のアイドル」「塀の中の歌姫」の異名を持つ女性デュオの“刑務所内コンサート”が16年間で400回に到達した。法務省によると、この数字は芸能界でダントツ。活動初期から2人を知る者としては頭が下がる思いだ。

 刑務所や少年院内での「Prisonコンサート」をこだわりを持って続けてきたのは「Paix2(ぺぺ)」のMegumi(41)とManami(38)だ。

 インディーズ時代、2人の出身地・鳥取で一日警察署長を務めたときに勧められ、2000年から「Prisonコンサート」をスタート。01年にメジャーデビューすると、様々なメディアに取り上げられるようになった。

 杉良太郎や八代亜紀など、演歌界で慰問活動を長年続けている歌手は聞いたことはあったが、当時20代のうら若きデュオが刑務所内コンサートを開くなど想像できなかった。

 当時「灰色の作業服からのぞく入れ墨にはもう慣れましたけど、時々、ドキッとする鋭い視線がある」とも話していた。
 取材して初めて知ったが、この活動はまったく収入にならない。交通費にも満たない額で、当初から赤字だとマネジャー氏から聞いていた。ボランティア活動だったのだ。

“塀の外”でのコンサート活動などの収入を充ててまで全国のプリズンを目指す。ほとんどの移動はマネジャー氏と3人での専用ワゴン車だ。岡山〜青森間1500キロなど信じられない移動をこなしてきた。沖縄以外は鹿児島〜北海道・網走まですべて車で移動してきた。

「飛行機、電車などを除いて、車の走行距離は16年間で120万キロ。地球30周分。車は4台目になりました」とマネジャー氏。

 それでも続けてこられたのは純粋に2人の気持ちからだった。

「刑務所・少年院で人生の地獄を味わう受刑者を目の前にすると、自分たちには自由もあるし、社会にいる幸せを日々感じる」(Megumi)

「出所した元受刑者が“塀の外”での私たちのコンサートに来て、思いを話してくれる。『刑務所で2人の歌と話を聞いて“このままじゃいけない”と反省し、家族、元の人生を取り戻そうと思った』と。私たちがやってることは無駄じゃないと思った」(Manami)

 デビュー前、看護師だったMegumiは刑務所内で病院勤務時代の死を語ってきた。

「大勢の家族にみとられる人、一人で亡くなる人がいる。人は生きてきたように死んでいく。生きざまが死にざまなんです」

 刑務所内公演には「(暴力団の)組名を出さない。犯罪をたたえない。客席に下りない」などの禁止事項があるが、独特のトークでは「社会復帰の決意のスイッチをどう入れてあげられるか」を日々考えている。

「塀の外には彼らの被害者がいる。説教するのではなく、心から罪を自覚して社会に帰ってもらうよう、私たちは外の声を届けようと思ってきた」(Megumi)という。

 2人の活動は全国の刑務所はもちろん、法務省でも認められ、2014年には法務省から保護司に任命、翌年には矯正支援官にも任命された。16年には法務大臣から400回コンサートの功績に対し、3度目となった「感謝状」も授与された。

 2人とも独身。マネジャー氏は「保護司と矯正支援官という役目を与えられている以上、生半可ではやめられない。結婚は活動に理解ある方との出会いがあれば、ないこともないでしょうけど…」と話している。

(文化部副部長・延 一臣)