伝説の試合がスーパースターを生み出す

2016年07月25日 16時22分

 夏の全国高校野球選手権大会が8月7日に開幕する。残念ながら怪物スラッガー・清宮幸太郎選手のいる早実は予選で姿を消してしまったが、きっと今年の夏も新たなヒーローが甲子園で誕生するに違いない。

 夏の甲子園で忘れられないのが入社1年目の1992年8月16日に取材した明徳義塾対星稜戦。伝説の“松井秀喜5打席連続敬遠”のゲームだった。

 この試合、明徳バッテリーは星稜の4番・松井との勝負を避け、全て歩かせる作戦に出た。1点差の9回二死三塁の場面で迎えた松井の5打席目も当然ながら敬遠。満員のスタンドからは「ひきょう者!」「勝負しろ!」という怒号が飛び交い、グラウンドには多数のメガホンが投げ込まれて試合は中断。高校野球とは思えないような殺伐とした空気にマンモスは包まれた。

 試合は3対2で明徳義塾が勝利を収めたが、試合後の校歌斉唱の際もブーイングが鳴りやまないという異常事態。試合が終わった後も「敬遠はルール上、何の問題もない」「勝つためには何をやってもいいのか」と日本中を巻き込んでの議論が巻き起こり、社会問題にまで発展した。

 だが、本当に大変だったのは翌日からだった。甲子園での試合そっちのけで自分は明徳義塾へのベタ付き取材を命じられたのだが、「勝利至上主義のひきょう者集団」というレッテルを貼られてしまった明徳義塾の宿舎には嫌がらせの電話が相次ぎ、不測の事態に備えて練習場にはパトカーが待機するという厳戒態勢が敷かれた。押し寄せる報道陣(当然その中には自分も含まれているのだが…)を前に、ナインは宿舎での缶詰状態を余儀なくされてしまう。

 明徳義塾は、続く3回戦で広島工業に大敗したが、日本中からヒール扱いされ、洗濯を行うことすらままならない状態に追い込まれていただけに、本来の力を発揮できなかったのも無理はなかった。

 この夏の甲子園は西日本短大付(福岡)が初優勝を飾ったが、大会期間中もその後も、話題は常に松井の5打席連続敬遠のことばかり。まさに高校野球史上に残る大事件だったと言っていいだろう。

「自分が取材した中で92年の明徳義塾対星稜戦(甲子園)と94年の中日と巨人による10・8決戦(ナゴヤ球場)の2試合ほど、球場が異様なムードに包まれた試合はなかった」。2003年、巨人からヤンキースに移籍した松井を取材した際に、こんな話をしたことがあった。「どっちも忘れられない試合だね」。そう答えた松井だが、5打席連続敬遠で日本中の注目を集め、10・8決戦で本塁打をかっ飛ばして真のスラッガーと認められるようになった。

 伝説の試合がスーパースターを生み出すもの。今年の甲子園でも新たな伝説が生まれるのを楽しみに待っている。

(中京編集部長・宮本泰春)