甘利氏不起訴 不完全決着は“甘利神拳”の神髄

2016年07月07日 12時00分

 建設会社とUR都市再生機構のトラブルで口利きし、報酬を受け取った疑惑で告発されていた甘利明前経済再生担当相は嫌疑不十分で、不起訴となった。結局、甘利氏が大臣職を辞したことで責任を取っただけのグレー決着となった。

 甘利氏が疑惑の当事者となったのは、今回が初めてではない。2010年に衆院内閣委員会の採決時に民主党の三宅雪子衆院議員が転倒、ケガをしたトラブルで、甘利氏は加害者と目された。

 転倒劇は甘利氏が左隣にいた民主党の初鹿明博衆院議員を両手で小突いたところ、初鹿氏の左隣にいた三宅氏が1メートル前に前のめりで大転倒。三宅氏の豪快なダイブには「パフォーマンス」「自作自演」と疑う声もあったが、甘利氏が小突いていたのは事実。甘利氏は武田信玄の側近だった甘利虎泰の子孫だったことから、ネット上では直接手を触れずに手を下した“甘利神拳”といじられた。

 この騒動の最中、甘利氏は記者の直撃に「陰謀説まで出て、ショックを受けている。彼女は私から離れていた。もっと大事なことは、私は民主党の議員から集団的に肩やヒジで小突かれ、暴力をふられていた。だからいい加減にしろよと(初鹿氏を押した)。テレビは三宅さんが倒れたシーンしか映さない」と猛反論。論点のすり替えはやや気になったものの、正々堂々とした様に記者も当時の世論も三宅氏のヤラセ説に傾き、甘利氏への懲罰動議は審議されることなく、グレー決着となった。

 一方で、冒頭の現金授受疑惑で甘利氏は逃げの一手。大臣辞任後は睡眠障害を理由に、国会に現れることはなかった。「甘利氏は極度の臆病者」というのが永田町ではもっぱらの評判で、転倒騒動の対応からも根は正直のようだから、マスコミや特捜の追及からボロが出ないように身を隠すしかなかったのだろう。不起訴が決定するや、元気に活動を再開させたものだから、これまた“甘利神拳”の奥義の一つかと皮肉りたくなるところだ。

 ちなみに転倒騒動は後日、「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日系)の検証で、甘利氏の小突きが初鹿氏を介して、三宅氏に「側面入り身投げ」といわれる合気道の技の一つが偶発的に起きたとの見解が出された。これなら直接、甘利氏が三宅氏に触れていなくとも理論上、大転倒は起こり得るとのことで、やはり“クロ”だったのではないかとみられている。いやはや恐るべし“甘利神拳”である。

(文化部デスク 小林宏隆)