【ニュースのフリマ】関根さんだけじゃない近鉄二刀流戦士

2020年04月10日 15時04分

 近鉄、巨人でプレーし大洋、ヤクルトで監督を務めた関根潤三さん(9日逝去、享年93)の訃報記事で元祖・二刀流にもスポットライトが当てられた。現在は日本ハム出身の大谷翔平(エンゼルス)の専売特許のようなこのスタイル、関根さんが15年間籍を置いた近鉄には他にもいた。

 水島新司氏の人気野球漫画「あぶさん」の主人公となったと言われる永淵洋三。社会人の東芝からドラフト2位で入団した初年度の1968年、投手として19回1/3投げて防御率2・84(0勝1敗)、打者として299打席で打率2割7分4厘、5本塁打の記録を残している。

 当時の監督は魔術師と呼ばれた名将・三原脩。鬼才とも言うべき監督だが、打撃の才能にすべてを託したのだろうか。投手成績はそれだけで、69年の永淵は打率3割3分3厘で張本勲とタイで首位打者に輝く。79年に日本ハムで現役を終えるまで通算1463安打と109本の本塁打、134盗塁の数字を刻んでいる。

 永淵の近鉄在籍中の73年、前年の選抜優勝投手(東京・日大桜丘)でドラフト1位の仲根正広が二刀流でデビュー。永淵氏が小柄(168センチ、65キロ)だったのに対し、こちらは「ジャンボ」の愛称がついた193センチ、90キロの大型選手として期待された。自ら「20本塁打、20勝」と言うビッグマウスのエピソードも残しているが、73~77年に通算2勝8敗(防御率4・34)、31打席で8安打と振るわず。後に83年に14本塁打、84年に11本塁打と打者として実績を築いた。

 結局、投げては8年間で65勝、その間に307安打、13本塁打。打者としては専念後も含めて1137安打の関根さんを超えられなかった永淵と仲根だが、注目すべきはこれだけ二刀流選手がいた近鉄の風土。「野武士軍団」とも言われた球団の気風が大胆な挑戦に寛容だったのか。

(渡辺 学)