【ニュースのフリマ】2020年夏季五輪招致の声あった札幌

2019年11月01日 16時22分

 小池百合子都知事の抵抗も事態をひっくり返すには至らなかった、2020年東京五輪のマラソン&競歩の札幌移転。世論調査では受け入れに前向きな市民が多い札幌は過去、20年夏季五輪招致の声があったという因縁もある。

 05年3月30日、札幌市議会では「2020年夏季オリンピックの札幌招致に関する決議」を行っている。1972年冬季五輪の開催や02年サッカーW杯の会場になったなどの実績を示した上で「選出された場合、世界史上例を見ない夏冬開催地の栄誉となる2020年夏季オリンピック及びパラリンピック競技大会の札幌招致をここに表明する」と決議文は締めくくられている。

 05年の年頭、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長(当時)が五輪日本招致の意向を示し、16年大会の招致に東京都と福岡市が声を上げた。06年に東京が国内候補都市に決まるのだが、札幌は市民1万人アンケートで反対35・3%で賛成33・3%の結果を受け市長が招致見送りを決めていた。

 冬季大会の開催地とはえ、夏の札幌では陸上の南部記念などスポーツ大会が行われている。前出の決議は自民党議員らが中心となり、さらに「オリンピック夏季大会札幌招致推進北海道議連」も設立された。道選出国会議員や自治体議員らによる組織で、当時の町村信孝外相が会長、中川昭一経産相が特別顧問(いずれも故人)と大物を幹部に迎える力の入れようだった。

 招致断念を巡っては、議会議事録を見ると「賛成と反対の差はほとんどない」「市長の判断は拙速」「20代は賛成が40・9%で反対は26・7%」などと再考を求める意見が出ていた。もともと財源などを懸念した市長が慎重だったといわれている。

 その10年ほど後、22年冬季五輪が北京に決まり、史上初の夏冬開催都市に。72年夏季大会が行われたミュンヘンでも22年招致の声があったが、住民の反対が強く断念していた。

 結局、30年冬季大会を狙うことになった札幌だが、国際オリンピック委員会(IOC)が剛腕で決めたマラソン&競歩の舞台を提供することにより、IOCに貸しができた格好に。その上、サッカーの一部試合に加えて人気のマラソン、日本選手の金メダルも望める競歩まで行われる(地元負担もなさそう)というのは、おいしい。事実上の「夏冬開催都市」とも言えるだろう。

(渡辺 学)