【ニュースのフリマ】聖子氏入閣の“代償”

2019年09月13日 15時27分

 日本オリンピック委員会(JOC)ホームページから、手早くその名が消えていた。副会長のオリンピアンで参院議員・橋本聖子氏が、初入閣となった五輪担当相就任に伴い退任したとみられ、すでに役員名簿にその名はない。

 1970年代に8戦8勝の名馬マルゼンスキーなどを生産した橋本善吉氏が1964年の東京五輪開会式を国立競技場で見て、生まれて間もない娘に「聖子」と名づけたエピソードはさまざまなメディアで紹介されてきた。その娘こそ、現五輪担当相だ。

 このエピソードは、聖子氏が大臣を含む政務三役(副大臣、政務官)にならなければ、劇的な形で一つの結末を迎えるところだった。JOC幹部として日本選手団の本部役員となり、来年7月24日の開会式の入場行進で新国立競技場のトラックを歩んだに違いない。五輪開会式が命名のきっかけとなった子がオリンピアンとなり、56年の時を経て再び東京で開催された五輪の開会式に参加——。何とも感動的な人生ストーリーだ。

 ところが、2001年に閣議決定された政務三役の規範に従えばこのストーリーは実現しない。政務三役は「公益法人その他これに類する諸団体については、報酬のない名誉職等を除き、その役職員を兼務してはならない」。JOCや傘下の競技団体はほとんどが公益法人。そのため聖子氏の名がJOC役員名簿から消えたとみられる。日本スケート連盟会長など数多い団体役職も退任または職務停止(安倍晋三首相も全日本アーチェリー連盟会長を休職中)となる。それは日本選手団役員に加われないことを意味し、開会式参加も望めそうもなくなる。

 聖子氏は08〜09年に外務副大臣を務めた当時、この状態を経験している。退任で職務復帰後は、10年バンクーバー冬季、14年ソチ冬季、16年リオデジャネイロ夏季と五輪3大会に日本選手団長として参加。現役時代に夏冬7大会に出場したこともさることながら、選手団長に夏冬3回も任ぜられたのも画期的なことだろう。

 大臣就任により、JOCや競技団体の意思決定にも関われなくなる。これまで何度か入閣候補報道がありながら現実とならなかったのは、東京五輪までは競技団体の現場に残りたいためではないかと筆者はみていたが、ついに?政権を担う一員に。

 JOC会長に就いた山下泰裕氏は、リオ五輪では聖子氏の下の副団長だった。年齢と獲得メダルの色は上でもJOC役員歴は聖子氏の方が長い。竹田恒和前会長の後を引き継いでもおかしくないところだが、後任は山下氏。こうした経緯も大臣就任に何らかの影響を及ぼしたのか…。

(渡辺 学)