【ニュースのフリマ】不振「いだてん」と女性アスリートの乱

2019年06月17日 14時12分

 日本初の五輪出場選手にして「日本マラソンの父」「箱根駅伝の生みの親」金栗四三のパートが終わりに近づいたNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」。16日の第23話も視聴率は6・9%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)と振るわなかったが、女性スポーツの指導者ぶりを描いたこの2回ほどは、世界の潮流と重ね合わせると興味深い。

 ダンサーの菅原小春が演じる人見絹枝(日本人女性として初めて五輪出場。1928年アムステルダム五輪陸上女子800メートルの銀メダリスト)も登場した22話では、脚を露出した女子ランナーの父親が激高。四三は女性の体を好奇の目で見る男の方が悪いと反発するも、処分されることになり、教え子の女子たちが教室に立てこもる…。

 人見が岡山高等女学校に入学したのは1920年。ドラマではテニスをしていた同校時代が描かれたが、女性のスポーツ参加は世界的なムーブメントが巻き起こっていた。以下は過去に筆者が聴講した某セミナーで紹介された歴史的経緯。

 1896年の第1回アテネ五輪では女性選手は参加できず、1900年のパリ大会で女子種目が採用された。ただ、「女性らしさを損なわない」との観点から、実施されたのはテニスとゴルフ。その後、女性参加が奨励されるようになり、四三が出場した1912年ストックホルム大会では水泳が加わり、体操もエキシビションが行われた。

 そんな中で、主要競技で女性に門戸を開かなかったのが陸上。20年アントワープ大会で女子種目の実施が拒まれると、女性アスリートたちは1921年に国際女子スポーツ連盟を旗揚げし、1922年に「国際女子オリンピック」を開催。前出のアムステルダム大会でついに解禁された。

 古代五輪では女性の参加どころか観戦もご法度とされていた。どうしても息子の競技を見たい女性が男装して場内に入ったが、息子に近寄ったため関係者に変装がバレたという「カリパティラの伝説」なる話もある。これを機に、競技は裸で行われるようになったという。

 こうした時代背景のもとで「いだてん」では女子学生の乱が描かれた。今後はあの前畑秀子(1936年ベルリン大会競泳女子200メートル平泳ぎで金メダル=演・上白石萌歌)も登場する。ネット上で「神回」とも言われた22話。いずれ放送されるだろう「前畑ガンバレ」はさらなる評判を呼ぶのか…。

(渡辺 学)