【ニュースのフリマ】天安門事件“女闘士”と映画「主戦場」

2019年06月04日 13時38分

 1989年6月4日に起きた中国の天安門事件から30年という節目に際し、元学生リーダーの王丹氏やウアルカイシ氏のインタビュー記事などがメディアをにぎわせている。両氏の名前を見るにつけ、その「不在」が際立つのが、「天安門のジャンヌ・ダルク」「民主の女神」などと称された柴玲氏だ。

 189分にわたる米ドキュメンタリー映画「天安門」を見たのは97年の公開当時で、ほとんど記憶がないのだが、柴氏のインタビューに痛々しさを感じたことだけは覚えている。事件当時23歳の北京師範大生、若干やせぎすの印象も与える女性リーダーには、中国共産党政権に異議申し立てをする学生たちの「総指揮」「司令官」の肩書もあり、アジ演説の場面は圧巻でもあった。

 そんな女闘士が一転、痛切な思いを吐露することである種の挫折感を浮かび上がらせる。権力の弾圧がなければ人民は目覚めない、流血の事態も必要といった趣旨の考えは、王氏ら穏健派とされる学生とのあつれきも呼んだようで、さながら彼女自身が内外から押しつぶされていくような語り口のインタビュー内容だったと記憶する(DVDもあるのだが)。

 今年に限らず6・4の季節になると、王氏やウアルカイシ氏の名前が散見される一方、柴氏の言葉に触れることは近年、なかったように思える。国外へ出た男性リーダーたちと同様、米国で起業した柴氏も写真ではふっくらした面持ち。米ボストンで教育に関わるIT系企業を創設し、ビジネスの世界で生きている。

 この映画は柴氏の「流血」発言などをめぐって裁判になり、柴氏が敗訴したと2013年に報じられた。柴氏へのインタビュー部分は提供映像だったとの情報もある。

 センシティブな事柄を扱うドキュメンタリー映画での争いといえば、慰安婦問題を描いた「主戦場」がホットな論争の舞台となっている。一部識者が、インタビューを受けたのは監督の「卒業プロジェクト」への協力であって、映画化したことで「だまされた」と訴えて上映差し止めを要求。ドキュメンタリーがこうした“生傷”を負うのは宿命なのか…。

(渡辺 学)