【ニュースのフリマ】シナリ・ラトゥ氏の涙

2019年04月15日 14時12分

 13日に東京・調布で開催された「トンガと日本」と題したラグビーW杯関連トークイベントをのぞいてみた。

 講演したのは1990年前後に大東大、三洋電機(現パナソニック)で主にナンバー8としてFWの核になったシナリ・ラトゥ氏(53)。トンガ出身のラトゥ氏は日本代表として87年の第1回から95年の第3回までW杯に出場し、91年大会では日本の初勝利を味わった。ラグビー人気黄金時代に旋風を巻き起こした大東大のエースを覚えている人は少なくないだろう。

 現役時代「ビル」の愛称で選手たちに呼ばれていたラトゥ氏はW杯を盛り上げる「埼玉ラグビーアンバサダー」を務めており、この日はW杯で開幕戦などの会場になる味の素スタジアムを抱える調布でトンガとラグビーを語った。明るくトークを繰り広げていた中、自身の経験を振り返り涙声になる場面があり、驚かされた。

 一聴衆として聞いていたので、その内容はここに記さない。アスリートには誰にも、触れると目が潤んでしまう「泉」のような経験の1つや2つはあるのかもしれない。

 かつて回顧録の連載でマラソン女子の有森裕子さんを取材した際、突然おえつが始まり、ただただ収まるのを待ったことがある。いまだメディアで取り上げられることがある、あのバルセロナ五輪の代表選考のくだりに話が差しかかった時のことだった。当時、その騒動から20年が過ぎていたが、心の奥底に沈んでいた葛藤は、ひとたびスイッチが押されると生々しさを帯びてよみがえってくるのか。

 屈託のない笑顔で親しまれるラトゥ氏にも同じことが言えるのだろう。これについては本人を取材して紙面に出せればと考えている。

(渡辺学)