【ニュースのフリマ】貴景勝・前師匠は「10勝」で大関見送り

2019年03月25日 23時15分

【ニュースのフリマ】25日発行の本紙は関脇貴景勝の大関昇進に一部親方の異論があることを伝えている。直前場所の10勝は星数として物足りないことに加え、目安となる直近3場所の成績が13勝(優勝)、11勝、10勝と“右肩下がり”なのが不安を呼んでいるようだ。

 「直前場所10勝」に苦笑い気味だったのがNHK解説者の北の富士氏。北の富士は66年名古屋場所で10勝を挙げて大関に昇進。直近3場所も28勝と少なく、昇進はないものと思っていたら伝達の使者が来ると知らされ、あわてて当時横綱だった兄弟子の佐田の山に紋付を借りたことを何場所か前の大相撲中継で語っていた。

 北の富士は新大関場所も10勝を挙げ、3年あまり後に横綱に昇進。同じようなケースとしては、貴景勝にとって前師匠の元横綱貴乃花のおじである横綱初代若乃花の例がある。若乃花も年4場所制時代の55年秋場所に10勝(1分け)で大関昇進を決め、3場所通算も28勝(2分け)だった。新大関場所は13勝2敗と大勝ちし、通算10回優勝の名横綱に。先場所引退した横綱稀勢の里も10勝昇進。初代若乃花の弟・貴ノ花も10勝(3場所通算33勝)で輪島と同時昇進している。

 こうしてみると10勝昇進は多くないものの、その後に期待を裏切って“無理筋”と批判を呼んだということもない。逆に直前10勝かつ通算そこそこの星を残しながら見送られた力士も。現審判長の元武双山(藤島親方)は96年夏場所で10勝し、その前場所が12勝、その前が10勝で計32勝に達したが、当時は昇進ラインを厳しくする流れにあり、見送り。一度は平幕に落ちた武双山は2000年、今度は10勝、13勝(優勝)、12勝で文句なしの昇進。貴乃花も92年、8勝、14勝(優勝)、10勝で3場所32勝で見送られ、翌場所11勝で大関の座をつかんでいる。

 直前場所にせよ直近3場所にせよ、星数はあくまでも目安。だから大関なら審判部、横綱では審判部と横綱審議委員会を経て日本相撲協会理事会で決めるという裁量システムになっている。横綱・大関の座は一定の成績を挙げた力士に与えられる「権利」や「報酬」でなく、力量不足と判断すれば星数が多くても見送るぐらいの度量があってもいいはず。

 ただ、貴景勝がたどった“右肩下がり”昇進は、年6場所制になって以降の60年ほどで例がない。かつて議論を呼んだケースでは00年夏場所、雅山(二子山親方)の昇進が採決にかけられたことがある。12勝、11勝、11勝ながら、同じ武蔵川部屋の横綱武蔵丸や大関武双山、出島との対戦がないことなどが指摘され、異論含みで昇進。あるいは72年春場所を12勝で制した長谷川が3場所30勝ながら関脇に留め置かれたのは、当時の大関陣のふがいなさも背景にあったとも言われ、長谷川は「悲劇の力士」「最強の関脇」と呼ばれた。

 貴景勝の昇進を話し合う協会理事会は27日。全会一致の形はともかく、議論はあってもよさそうにも思えるが…。