【ニュースのフリマ】東京メトロ女子駅伝部

2019年03月28日 23時14分

 2020年4月の創設が26日発表された東京メトロ女子駅伝部。「創設」とうたわれているが、現東京地下鉄株式会社の前身にあたる営団地下鉄(帝都高速度交通営団)の陸上部の“部分復活”かとも思ってしまう。来年は営団陸上部が廃部になる原因となった地下鉄日比谷線の脱線衝突事故から20年。さらには東京メトロが今日に至る出発点となった東京地下鉄道株式会社の設立から100年の節目でもある。

 東京メトロは2007年の第1回から東京マラソンの最高位スポンサーにあたる特別協賛社で、ゼッケンにその名称が記されている。報道向け発表文によると女子駅伝部は「数年内のクイーンズ駅伝出場・優勝を目指します。また、トラック競技やマラソンの国内外での活躍を目標に活動していきます」というから、自社のネーム入りゼッケンをつけた選手が東京マラソンを制する日がいずれ訪れるかもしれない。

 69人が死傷した日比谷線事故は8日で発生から19年を迎えたばかり。東京メトロ社長らが慰霊碑に献花している。筆者は事故翌月、陸上部が活動自粛になるという小さいニュースを書いた。翌01年3月に廃部。事故の被害者や遺族・家族の苦痛や哀しみはもちろんだが、男女の陸上部員も人生が変わった。

 00年は秋にシドニー五輪が控えていた。1月の大阪国際女子マラソンで2時間25分14秒の好タイム(当時日本歴代4位)をマークし5位に入り、五輪女子マラソンの補欠に。代表選手にアクシデントがあれば交代出場する可能性もある中でチームが“休止”に。NPO法人「コーチ道」のウェブサイトに当時監督だった長沼祥吾氏のインタビューが掲載されている。それによると、活動再開の時期は不明。選手をかわいそうだと思った長沼氏は、当時の実業団ルールでは廃部にならないと移籍できないため「結局廃部にしてもらいました」という。

 小幡は99年の世界選手権セビリア(スペイン)大会で8位入賞。それでも上には銀メダルの市橋有里がおり、前出の大阪では2位の弘山晴美が2時間22分56秒でもシドニーのマラソン代表からは落選するほど日本のレベルが高かった。廃部により小幡は長沼氏らとアコムへ移籍。そのアコムも10年に廃部となり、小幡も同年に引退した。

 特殊法人だった営団地下鉄は04年、民間企業の東京地下鉄株式会社としてリニューアル。駅伝は、「各駅をつないで運行する鉄道事業と親和性があります」(報道発表から)。営団は99年の東日本実業団女子駅伝で14位に入って同年の全日本実業団女子駅伝(クイーンズ駅伝)に出場したが、出場チーム中最下位の31位。メトロの監督に就任するのは駅伝上位常連のリクルートで活躍し、96年アトランタ五輪女子5000メートル4位の快挙を遂げた志水見千子氏。実業団ではバルセロナ五輪女子マラソン4位の山下佐知子氏(第一生命)と並ぶ選手実績のある女性監督となる。