【競輪命】ガールズ1期生・野口諭実可 9年目にして初優勝

2021年02月28日 11時26分

野口諭実可が努力一本で初優勝をつかんだ

 2010年9月、かつて女子競輪(1949~1964年)として女性が競輪を行っていたものが、ガールズケイリンとして始まる、という発表があった。復活というよりは新しくできる、と強調されていた。

 ケガも多い種目で、賛否両論、否定的な意見も多く聞いたが、挑戦する女性たちは前しか向いていなかった。2011年に入り、1月一次試験、2月二次試験を経て合格発表。3月11日には、東日本大震災が起きてしまい、男子の101期、そしてガールズ1期となる102期の入校は遅れた。激動の時間に揺るがされ、誰もが不安だった。

 エキシビションなどガールズケイリンができる前から取材する中、二次試験の取材に行くと制服姿の小さな女の子を見つけた。27日、小倉ミッドナイト競輪で初優勝を飾った野口諭実可(28=大分。デビューは群馬)だった。野口は2012年7月6日からの京王閣、開幕の平塚に続くガールズ第2戦でデビューしている。

 野口に注目してきた大きな理由がある。自転車競技の経験がなく、入学式の前に事前準備で競輪学校に入った時(2011年4月20日)の取材記事を、振り返る。

「ガールズケイリン第1回生徒の中には自転車競技が未経験の者もおり、約3週間で自転車の整備や技術を身につけることになる。3月に高校を卒業したばかりの野口諭実可は『競輪ファンの父の知人から勧められて応募しました。親元を離れるので不安もあります。でも勝負では絶対負けたくないので』と緊張気味ながらも熱い意気込みを語った。中学で水泳をやっていたが高校では特別な運動歴はなし。ガールズケイリン第1回生の中でも、野口のような生徒の頑張りが今後につながることは間違いない」

 今でこそ、ガールズケイリンの選手を目指すことは普通になった。だが当時は「3年でなくなるかも。なくなっても後は知らない」と1期生は言われていたほどだ。続くためには、選手を目指す人たちが増えないといけない。自転車経験のない、写真を見てもらえばわかるように、決してスポーツで戦っていけそうにもない女の子が頑張ることが、窓口を広げ、多くの人に勇気を与えると思った。

 当初は結婚、妊娠、出産、産休、復帰についての制度もなく、田口梓乃(旧姓三輪)が道を切り開いた。代謝制度が始まると、男子と違ってクラス分けのないガールズで、厳しさが違うのでは…という意見もあり、これは今も議論に上がる。

 1期生が作り上げてきた歴史の意味の重さを、野口の優勝で改めて思った。入校前は受け答えもたどたどしく、「やっていけるんかいな…」と感じたものだ。卒業後、「よく卒業できましたね」と声をかけると「私が一番驚いています!」と甲高い声で笑っていたのを思い出す。初優勝、本当におめでとう。

☆前田睦生(まえだ・むつお) 九州男児。ヘアスタイルは丸刈り、衣装は吊るしのスーツで全国各地の競輪場の検車場を闊歩している。日頃の不摂生を休日の多摩川土手ランニングでなんとかしようとしている姿の目撃情報多数。

 

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