【競輪命】全日本トラックが開催された重み

2020年11月09日 08時00分

支え合うことの意義を強く訴えた大会だった

 前橋競輪場で5~8日の4日間、「第89回全日本自転車競技選手権大会トラック・レース」が開催された。多くの大会がコロナ禍にあって中止になる中、関係者の尽力の下、何とか開かれることになった。誰もが「まず無事に大会が終われば…」と祈りながらの4日間だった。

 新型コロナウイルス感染症の感染予防を行い、選手たちの健康管理、距離確保、また報道陣の取材状況も丁寧に現場の実情を踏まえ、対策を行い開催は進められた。インターハイ、インカレといった自転車競技トラック種目の代替開催が先に行われ、この日本一を決める全日本トラックにつながった経緯もある。運営に携わる人たちの苦労は、相当なものがあった。

 短距離種目の選手たちには久しぶりであり、また若手選手の中にはこうした大会が初参加という面々もいた。強化指定選手の中での序列、AやB、また今後の国際大会への出場者を選ぶための選考大会でもあり、緊張感に満ちていた。

 峻烈な輝きを放ったのは深谷知広(30)でスプリントとケイリンの2冠。新田祐大(34)と脇本雄太(31)を破る形で「東京五輪に日本一の選手がいない状況を作る」という目的を達した。それだけ「日本の層は厚い」ことを知らしめた。

 こうした結果に加え、若い世代の成長が明らかだったことが大きな収穫だ。短距離コーチのブノワ・ベトゥは「代表選手を若い選手たちが刺激し、またその代表選手たちがそれを受けてさらに強くなる環境ができている」と喜んだ。それはナショナルチーム内だけでなく、大学、高校から参加した選手の活躍からも見て取れた。

 その状況を見ながら、中距離女子の実情には不安を口にする選手、関係者も多かった。鈴木奈央(23)は「私たちの世代で途切れてしまっていて、さらに下の世代が出てこられるようにならないと…」と表情を曇らせた。チームパシュートなど、ジュニア世代では経験できないまま…。「海外はジュニアの世代から、つながっているので」。広く、子どもたちから自転車に乗って、その先へ、競技の世界へと向かう道筋の確保が求められている。養成所に在所中の内野艶和が一筋の光を見せたのが、少しの救いだった。

 またパラサイクリングで長く活躍している、元競輪選手の石井雅史も心の叫びをあげた。「障害者でも自転車に乗れるよ、ということで普及活動を行っているけど、なかなか競技をしよう、というところまでいかない。自分のクラスには若い選手がいなくて、ボクの記録を塗り替えていく選手に出てきてほしいんですが」と嘆く。「こうして大会に出られることが一番なんですが」。

 大会を開くことすらままならない今、だ。東京パラリンピックで金メダルの期待がかかる杉浦佳子は「大会に参加できたことに感謝しかありません」と声を震わせ、「健常者の選手と一緒の大会に参加できたことはすごく刺激になった」と話した。日時や場所を分けずにパラサイクリングの大会も行ったことは、新たに自転車競技大会の意義も生むことにつながったはず。この大会が伝えるものは、結果ではないものの方が大きい。

 囲み取材の中、新田祐大は「ジュニアの世代にメッセージを」と求められると「自転車は楽しい、と伝えてほしい」と話した。真意は「乗って楽しい、ということもありますが、周りで支える家族も楽しんでほしいんです。大会に出るとかになると、苦しい時も必ず来ます。だけどそれをみんなで乗り越えていく、この楽しさがある、ということ」。今大会はもちろん、誰もが日々の鍛練の成果を出し、頂点を目指す戦いだった。だが、それだけではないのだ。

 橋本英也(26)は「見ている人に喜んでもらうのがボクの人生のテーマなので」と信条を語った。レースでは攻めて、攻めて、挑んで、すべてを巻き込んでいく。梶原悠未(23)は「多くの声援が背中を押してくれる。それが力になるし、日々の過酷な練習に耐えようと思える」と、一人だけの戦いではないと何度も強調した。こうして挙げられる例は限られてしまうが、場内にはいたるところに支え合う人たちがいた。

 短距離種目の強化指定選手については11日の会議で、それぞれの方向性が示される。厳しい決定を下される選手も出るかもしれない。だけど、この大会に参加できたことは、どんな道が示されてもそこから前進する力になるだろう。競技を競うだけではない重みがあふれた大会だった。

☆前田睦生(まえだ・むつお) 九州男児。ヘアスタイルは丸刈り、衣装は吊るしのスーツで全国各地の競輪場の検車場を闊歩している。日頃の不摂生を休日の多摩川土手ランニングでなんとかしようとしている姿の目撃情報多数。

【関連記事】