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プロフィール
渡辺学
1986年入社。ゴルフ担当を経て89年からテニス、ラグビー、アメリカンフットボール、アマチュアレスリング、陸上、水泳、サッカーなどの取材に携わった。五輪は夏季2回、冬季3回を現地取材。2001年に運動部デスク、06年から文化部で社会面デスクを担当後、専門委員などを経て現在法務広報室長。早大卒。
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早稲田ラグビー100周年
2018年11月07日

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 1918年(大正7年)11月7日に早稲田大学ラグビー部が創部されてから100年の日が訪れた。87年刊行の「早稲田ラグビー」(朝日文庫)に収められた「早稲田ラグビー史」(池口康雄氏)にはこう記されている。

 「慶応義塾がラグビーを導入したのが明治32年。この12年後にようやく旧制三高、同志社、京都一中と、東海道をひととびして京都にラグビーの芽がふき出した。関東以北では慶応の努力にもかかわらず一向に根づかず、二番目の早稲田まで実に19年という歳月を要した」

 明治32年といえばまだ19世紀だった1899年。ラグビーの世界では「ルーツ校」と言われる慶大は「タイガージャージー」で知られるが、同書によると旗揚げ前夜の大正6年に部員募集を行った際、掲げた宣伝文句が「虎肉歓迎会」だった。「つてをたよって朝鮮から虎の肉を手に入れ馬肉にまぜてのスキ焼きコンパ」。早大にラグビーの種をまいたのは同志社中、慶応普通部から入学した2人の若者だったという。

 25日には100周年記念式典が開催される早大ラグビー部。それに先立ち10月21日に行われた関連イベントでは、栄光の歴史を編修した映像も流された。それによると1930年代、60~70年代、2000年代と3期にわたる黄金時代が存在。黄金時代の数え方は異なるものもあるようだが、15回目の大学日本一を飾った08年度を最後に帝京大の天下が続いているのが現状だ。

 01~05年度の監督在任中に対抗戦5連覇(全勝)、大学日本一3回と黄金時代を築いた清宮克幸氏は15年の日本記者クラブ記者会見で、帝京大を「やるべきことをやっている。奇策はない」と評し、早大については100周年に向けて「いろいろな施策を打つはず。方程式は簡単に出ている」と語っていた。翌16年に早大で行われたイベントの席では、帝京大は「学校ぐるみで強化。学長から芯が通っている。トップリーグの下のチームと同じくらいカネを使っている」と明かし、早大は「まったく少ない」。昨年に早大で開催されたイベントでは、当時の山下大悟監督が帝京大や東海大、明大のスポーツ推薦入学者数を示した上で、「ヒトが圧倒的に欠けている」と話していた。

 つまるところは“ロジスティック”なのか。慶大は100周年イヤーの99年度に大学選手権を制覇。早大は対抗戦で4日に帝京大に敗れ、帝京大が唯一全勝で抜け出た。早大の100周年シーズンは大詰めにさしかかる。







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