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プロフィール
渡辺学
1986年入社。ゴルフ担当を経て89年からテニス、ラグビー、アメリカンフットボール、アマチュアレスリング、陸上、水泳、サッカーなどの取材に携わった。五輪は夏季2回、冬季3回を現地取材。2001年に運動部デスク、06年から文化部で社会面デスクを担当後、専門委員などを経て現在法務広報室長。早大卒。
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女子アイスホッケー22年前の“なでしこ”たち
2013年02月12日

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 スロバキアで行われたアイスホッケー女子のソチ五輪最終予選で同五輪の出場権を獲得した日本代表は、仕事と競技を両立させる選手たちの集まり。プロはもちろん男子のような実業団もない中で、氷上の格闘技に喜びを見出す女性の姿は昔と変わっていないようだ。筆者としては唯一の女子アイスホッケー取材だった1991年2月22日の全日本女子選手権(神戸)の開幕で、たくましき“氷上のなでしこ”の姿をこう書いた。

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 「スカッとするんです。社会人にとってはいいストレス解消になりますよ。女にしては激しい運動ですが、このそう快さとスピード感は最高! 一度やったらやめられない」。シチズン女子クラブの渡部千枝主将(30)は言う。ろっ骨と手首を折り、ヒザのじん帯も損傷した。渡部のケガの“履歴書”はすさまじいが、治ってしまえば、リンクへの誘惑が恐怖感を簡単に打ち消す。

 

 国土計画の石井千保美主将(27)は、日体大時代は水球部で活躍し、全日本に二度優勝した経験をもつ。スケートはド素人だったが「頭を使うスポーツです。難しいから楽しい」とゾッコンだ。

 

 青森の八戸レッズには、八戸市民病院の看護婦さんが多い。週3~4日の練習は夜。白衣の天使のなかには、これが終わってから深夜勤務につく者もいる。「みんな好きだから練習を休まない」(畑内てい子主将)

 

 女たちの熱意がアイスホッケー連盟を動かし、一昨年(1989年)の機構改革で普及委員会の中に女子部門が生まれた。自由参加だった全日本大会が、昨年から正式の選手権トーナメントになった。そして第1回の女子世界選手権にも全日本が出場した。

 

 「連盟の指導ではなく、下からの突き上げでこうなった」とアイスホッケー連盟の花見守理事は語る。

 

 男と違い、女子チームはほとんどがクラブチームだ。平均して月に5000円程度の部費を払ったうえで、防具代や遠征費などで1人あたり年間20~30万円はかかる。遠征も会社員は「遊びたいのをガマンしてためた有給休暇を使って行く」(苫小牧ぺリグリン・長谷川理佳主将)というのが現状だ。

 

 「世界に行くにはクラブチームじゃダメ」という声もある。だが“世界”を知ってしまった現在、みんなの目標は高い。「盛り上がってくれば、連盟も黙っていない」(花見理事)。女性初の伊勢丹チームが生まれて18年。男並みの市民権獲得への闘いはこれからが本番だ。

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 乱闘も見られた22年前の女子全日本選手権。それから7年後の長野五輪で女子種目が初めて採用され、開催国枠で出場した日本は5戦全敗で、出場6か国中最下位だった。五輪は2002年ソルトレークシティー、06年トリノ、10年バンクーバーと出場権を逃し、今回初めて予選で出場権を勝ち取った。

 

 22年が過ぎ、記事にあった「苫小牧ぺリグリン」は「三星ダイトーぺリグリン」に、「国土計画」は「SEIBUプリンセスラビッツ」に名称が変わった。「シチズン」「八戸レッズ」も健在。今回の日本代表20人では、ぺリグリンの7人が最多。以下、東京のSEIBUと北海道の「Daishin」が4人ずつ、「トヨタシグナス」と「釧路ベアーズ」が2人ずつ、「ボルテックス札幌」が1人となっている。アイスホッケーは冬季スポーツで数少ない団体競技だけに、女子がこれから注目されるのは間違いない。実業団チーム、プロ選手が誕生するか。







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