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プロフィール
渡辺学
1986年入社。ゴルフ担当を経て89年からテニス、ラグビー、アメリカンフットボール、アマチュアレスリング、陸上、水泳、サッカーなどの取材に携わった。五輪は夏季2回、冬季3回を現地取材。2001年に運動部デスク、06年から文化部で社会面デスクを担当後、専門委員などを経て現在法務広報室長。早大卒。
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愛媛県「切れ者」知事と合理思考
2018年05月16日

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 「あれ、ノー原稿ですよ。それでキッチリ30分。辻演説をやっているからでしょう」

 「切れるよな」

 「切れ者ですよ」

 そんな会話が隣から耳に入ってきたのは東日本大震災から半年あまり後の2011年10月のことだった。「切れ者」と言われたのは愛媛県の中村時広知事(58)で、原発立地県の首長として日本記者クラブで講演後、筆者の近くにいた番記者とおぼしき人たちが知事の会見ぶりに、上述のように感心していた。

 当時の講演によると、中村氏は慶大から三菱商事を経て愛媛県議に転身し、33歳で衆院選に当選。1期務めた後、1999年に39歳で県庁所在地・松山の市長に。10年に県知事となった翌年、震災により四国電力伊方原発の再稼働問題が持ち上がった。原稿なしで時間内にきっちり話をまとめるだけで「切れ者」と呼ばれるのはやや大げさに聞こえるから、日ごろの行政にもそれを感じさせるものが多々あるに違いない。

 中村氏の話しぶりは明快だった。再稼働に対して「白紙」の姿勢を示した上で、3つの条件を挙げて優先順位をつけ、最優先条件における7項目の要求を示すという分かりやすい流れで講演を進めた。それから5年弱後の16年8月、伊方3号機が再稼働した。

 その中村氏が、加計学園の獣医学部新設をめぐる問題で登場人物の一人に。当時首相秘書官だった柳瀬唯夫氏と面会した愛媛県職員の「備忘録」文書について、面会の「記億がない」とする柳瀬氏や政府側に反論している。

 12日の毎日新聞によると、中村氏は「会った会わないという単純な話でずるずるしないといけないのか。終止符を打ちたい」という職員の思いを受け止め、職員が受け取った柳瀬氏の名刺も公表した。「ずるずる」したくないという気持ちは中村氏も同じだろう。

 この件も含めて、「いつまでモリカケ」「重要案件がたくさんあるのに」的な野党・メディア批判が聞かれるが、「ずるずる」させている一端は追及を受けている側にもある。自民党筆頭副幹事長の小泉進次郎氏も「この問題にいつまでも終止符を打てないことを、自分たちも反省しなければ」と語ったと報じられている。

 日本新党から新進党という国政歴から、今回の面会問題における中村氏の主張について永田町には政局がらみの受け止めもあると一部で報じられたが、切れ者の自治体首長である中村氏としては合理思考に基づく当然の言動ではないか。







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