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劇作家・演出家の高取英さん死去 本紙にも貢献
2018年12月06日

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 劇作家・演出家で劇団「月蝕歌劇団」代表の高取英さんが11月26日、虚血性心疾患のため、66歳で永眠した。歌人・劇作家などで知られた寺山修司の「最後の弟子」ともいわれ、多才な顔を持っていたが、本紙でも未解決事件を独自の目線で分析する有識者として登場してもらっていた。

 2007年、千葉・市川市のマンションで英国人女性の英会話講師リンゼイ・アン・ホーカーさん(22=当時)が遺体で見つかった事件では、指名手配されていながら逃亡を続けた市橋達也容疑者(28=当時)が「今どこにいるのか」を他の識者とともに大胆推理した。

 高取さんは「市橋容疑者は自殺する気などない。持っている知識をフルに使い、海外逃亡をすでに達成したか、国内で協力者を確保しているのではないか。外国船の乗組員に頼み込み、まずは香港に行き、将来的には自分好みの女性がいる欧州へ移動するのではないか」と語っていた。

 市橋受刑者が2年7か月の逃走生活を経て、兵庫・神戸市の六甲船客ターミナルで身柄を確保されたのは09年11月だった。フェリーで沖縄に向かおうとしていたことや、逃走中は自ら鼻や唇、ホクロなどを切り、顔を変えていたことも後に判明した。

 自らの持つ知識を使い、住み込みの建設現場などで働き、船で沖縄に4度も移動していた点はズバリ当たっていた。初公判では「沖縄の島で死のうと思っていた」と証言したが、本当は高取さんの指摘通り、海外逃亡も視野に入れていたのかもしれない。

 高取さんには他にも、08年11月に発生した元厚生事務次官夫妻殺害事件などでも、分析を依頼したが、毎回その発想、想像力には驚いた。その根源が普段の演劇の創作、演出はもちろん、マンガやサブカルチャーに精通していた知識にあったのは間違いない。06年には京都精華大マンガ学部教授、14年からは大正大表現学部客員教授を務めた。

 1986年に旗揚げした「月蝕歌劇団」はアングラ少女劇団、暗黒の宝塚歌劇団とも呼ばれるほど、美少女たちが大勢で登場し、血しぶきが飛び交い、エロスの要素も描かれた。時空を超えて物語は交錯し、史実の裏にあった驚愕の世界など〝高取ワールド〟で知られた。

 出演女優の取材に訪れると、高取さんは笑顔で迎えてくれた。新人には10代の若手女優もいたが、劇団の世界観を優しく教え込んでいた。

 約26〜27年前だろうか。筆者が新人記者時代、新宿のバーでよく見かけていた高取さんは、カウンターにヒジをつき、大好きなたばこの煙をいつも漂わせていた。少し窮屈そうな巨体と長髪、よくハット帽をかぶっていたため、「怪人」のようで近寄りがたい雰囲気もあった。何度か顔を合わせるうちに「東スポの奇想天外な独自のカラーは面白い」と時折、お褒めの言葉をもらえるようになった。

 劇団員や幅広い人脈で酒の場が好きだったが、実は高取さんがお酒を飲んでいるのを見たことはなかった。それが、この1か月ほど前から「少し(酒を)入れて」と店主に注文していたことを亡くなった後で聞いた。

 高取代表亡き後も遺志は受け継がれ、月蝕歌劇団の公演は予定通り、上演される(12月11〜17日、東京・学芸大前「千本桜ホール」)。
 天国では、同じく多才だった寺山修司と、また師弟関係が始まったころだろう。

(文化部副部長・延 一臣)







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