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19歳の本田が川島相手にFK練習に明け暮れていた2006年
2018年07月12日

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 サッカーW杯ロシア大会も、いよいよクライマックス。日本代表は残念ながらベスト16で姿を消したが、「決勝トーナメント進出は絶望的」と言われた前評判を考えると、大健闘だったのは間違いないだろう。

 入社以来、ほとんどを文化部で過ごした私だが、3年間だけサッカーを担当したことがある。そのころはまだ、本田圭佑もJリーグの名古屋でプレーしていた。まだ若手選手の一人にすぎなかったが、取材して印象に残っていることがある。

 2006年ドイツ大会直前に行われた、Jリーグの名古屋—磐田戦。当時の本田はまだ19歳で、名古屋でレギュラーの座はつかんでいたが、日本代表には選出されていない立場。この試合の報道陣の注目は、代表正GKを争う磐田・川口能活と名古屋・楢崎正剛の“W杯前、最後の対決”という点に注がれていた。

 この試合で本田はフリーキックを直接決め、ゴールを奪った。当時の本田は試合後のミックスゾーンで、他の選手と同様に取材に応じていた。そこで私が「代表の正GKである川口選手からフリーキックを決めたのは自信になった?」と聞いたところ、本田から返ってきたのは「いや、全然。ウチのGKの方が上ですから」と平然と答えたのだ。

 当時から“ビッグマウス”と言われていた本田だが「日本代表正GKの川口より楢崎の方が上」と言い切るとは…。かなり思い切った発言だなと思って聞いていたら、本田の言葉には別の意味も込められていた。

「いや、ナラさんだけじゃないですよ。ウチは2番手のGKもすごい。試合より練習の方がよっぽどキツイですから」

 これだけ聞くと、川口は楢崎はおろか「名古屋の控えGKよりも下」ということになるが…。実は当時、名古屋の第2GKに控えていたのは川島永嗣だったのだ。

 聞けば本田と川島は、毎日のようにフリーキックの練習をしていたという。本田は「フリーキックは、試合より練習の方がよっぽど難しいですよ。川島さんには『このコースを止めるか?』というくらい全部止められる。試合みたいに壁もないのにですよ! ホントに、全くゴールに入りませんから」と、熱っぽく語った。

 名古屋で楢崎の控えだった川島は、もちろん06年のW杯には選ばれていなかったが、その後は10年の南アフリカ、14年のブラジル、さらに今年のロシアと、3回もW杯で代表のゴールマウスを守り続けた。一方の本田も、代表の中心選手として活躍し続けた。

 そんな2人が代表に選ばれる前の06年ごろ、名古屋の練習場で、ほとんど誰にも注目されることなく、フリーキックの練習に明け暮れていたとは、運命の不思議さを感じさせられる。

(文化部デスク・藤野達哉)







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