プロフィール
田名部生来(たなべ・みく)
☆1992年12月2日まれ。滋賀県出身。2006年に「第三期AKB48追加メンバーオーディション」に合格後、チームB→チームK→チームBメンバーとして活動。14年の「第6回AKB48選抜総選挙」は71位で初ランクイン。16年の「第7回AKB48グループじゃんけん大会」で優勝し、初めてセンターを務めた。今年7月23日にグループを卒業した。 ☆公式ブログ「まじめにふまじめ」(https://ameblo.jp/mnks-mnks/)☆公式ツイッター(@mnkspan)




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まゆと仲良くなったきっかけは漫画
2017年11月07日

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まゆゆの卒コンでステージに立った田名部(右)

 アイドル 渡辺麻友 に出会って。

 今回はがらっと変わって先日、地元・埼玉のさいたまスーパーアリーナで、卒業コンサートを終えた渡辺麻友について
語りたいと思います。

 出会いはもう10年以上前になります。先週、お話しさせていただきましたが私の中で「うるせーガキだ!」からこの10年で「一生ついてくぜ!」に変わりました(笑い)。

 思い出すと、実は最初まゆのことはそこまで興味がありませんでした。

AKBが大好きなちっちゃくて白くて不思議な子だなぁくらいでした。
 
 だんだんとAKBとして慣れてきたころは、まゆゆとして先陣切ってどんどんフィーチャーされていく姿を見て、私はうらやましくもあり、悔しくて涙を流す日々が続きました。

「B2nd会いたかった公演」(※2007年10月7日から08年2月21日まで行われた、初代チームBの劇場公演)で、「渚のチェリー」という曲でまゆがセンターで、私は後ろ3人のバックダンサーをしていました。悔しくて悔しくて、私はとにかくあのころはダンスを頑張りました。「後ろいいね!」と良い評価をいただいたことをモチベーションに頑張りました。まゆのことはその時はちょっと恨めしい存在というか「いつ取って食ってやろうか!」と公演があるたびに思っていました(笑い)。

 ただ、プライベートでは話す機会は増えました。ビックリするくらい一瞬で仲良くなったきっかけが漫画「鋼の錬金術師」の話で。いわゆる“ヲタトーク”ですごく盛り上がって、翌日には2人で東京ディズニーシーに行ってました(笑い)。

 話すと、母親の名前が漢字まで全く一緒だったり、姉がいたり、当時は趣味がほぼ一緒で、「こいつ、すげーいいやつだ」に変わっていきました。

 忙しい毎日の中で、ちょっとお休みがある時はふらっと池袋に遊びに行ったり、今思えばぜいたくさせてもらってました。握手会のたびに一緒にコスプレをしたり、「ヲタ4」というユニット?を勝手に結成してなかやん(仲谷明香)、らぶたん(多田愛佳)とイベントでアニメソングを歌わせてもらったり、すごくいい時代でした(笑い)。

 チームが2010年に組閣になってからは、なかなか話せる機会も減り、その後に同じチームになればうれしい気持ちになり、幼なじみのような気分でした。同期が減っていく中で心から信用できて、隣にいてくれるだけで安心して。私に何か起きたら自分のことのように喜んでくれるまゆ、気づけば私も彼女の活躍に喜び、泣き、感謝するようになりました。

 自分が卒業を決めた時、真っ先にまゆとゆきりん(柏木由紀)に報告しました。あの時の寂しそうな顔、うぬぼれていいっすか?…忘れられません。私は今年の総選挙に出馬をしなかったので、まゆの卒業発表はテレビで拝見しましたが、家族全員で涙しました。

 私たちの大好きなアイドルがとうとう決意したんだ、と。たくさん我慢してAKB48というグループのためにたくさん頑張って、AKB48が誰よりも大好きな分、真剣に自分のやるべきことをやってきた彼女を本当に尊敬しています。

 卒業コンサートに出演させていただきましたが、まゆのファンの皆さんに対して、グループに対しての愛あふれる演出、セットリストにまた感動しました。

 かっこいいな、と。

 これから先もお互い頑張っていこう。そう感じました。



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