プロフィール
田名部生来(たなべ・みく)
☆1992年12月2日まれ。滋賀県出身。2006年に「第三期AKB48追加メンバーオーディション」に合格後、チームB→チームK→チームBメンバーとして活動。14年の「第6回AKB48選抜総選挙」は71位で初ランクイン。16年の「第7回AKB48グループじゃんけん大会」で優勝し、初めてセンターを務めた。今年7月23日にグループを卒業した。 ☆公式ブログ「まじめにふまじめ」(https://ameblo.jp/mnks-mnks/)☆公式ツイッター(@mnkspan)




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中学の夏休みは部活をさぼってオーディションへ
2017年10月17日

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中学の夏休みにオーディションを受けていました

 いつの日か憧れだけではなく、自分でこの街(滋賀県近江八幡市)を出たい、という思いが強くなり、中学1年生になると様々な芸能オーディションに親に内緒で応募し始めます。

 夏休みは大好きな陸上部の練習をサボり、オーディションに費やす日々。団体行動が苦手だったので、部活で個人競技のハードルを選んだのですが、そんな私がAKB48というグループ活動を選んだのは、なんとも不思議な話ではあります(笑い)。

 部活をサボったせいでリレーの選手から外されたりと、ふがいない思いもしたのですが、それでもオーディションに挑戦して女優になりたかったのです。有名なオーディションもいいところまで進んで落選が続いたり、諦めるにも諦めきれない状況でした。

 オーディションでいつも見かけるライバルや、会場でできた友達もいましたが、心の中では絶対、一番最初に芸能人になってやると思っていました。いったいその自信はどこから来るのか!?と思うかもしれませんが、当時の私は「滋賀県で一番かわいい!」なんて本気で思っていたんです(笑い)。でも、それが諦めずにオーディションを受け続ける原動力になっていたのかもしれませんね。

 女優やモデルのオーディションをいくつも受ける中で、「夢の戦隊ヒロインは、アイドルからなるのもひとつの手だな!」と思いつき、当時周りではやっていたモーニング娘。さんを受けに大阪に一人で行きました。

 大好きなグループだったのですが、オーディションで「自分が入るところじゃないな…」とその時、感じてしまったせいかは分かりませんが、途中でおなかが痛くなって帰りました(笑い)。

 そして、モー娘。さんを受けた2006年の冬に、自分の運命を変える出来事が…。AKB48の3期生募集をオーディション雑誌で見かけたのです。(テレビ朝日の)ミュージックステーションで同世代の女の子たちがスカートをひるがえしながら歌っている姿に衝撃を受けて、気になっていました。

 プロデューサーはあの秋元康先生…。「これは受けるしかない!」と思った私はAKB48に応募したのです。



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