プロフィール
須山浩継(すやまひろつぐ)
1963年広島県出身。大学卒業後、5年間のサラリーマン生活の後に「趣味で食えたらラッキー」と、プロレス&格闘技を主に取材対象とするフリーライターに。 プロレスに関してはもっぱらインディー系と女子が専門分野で、メジャー団体や選手の取材経験は非常に少ない特殊マスコミ。 現在はサムライTVの怪番組「インディーのお仕事」の企画構成、大日本プロレス中継の解説などを担当。




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エリック銀行は実在したのか?
2012年01月16日

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孫であるロスとマーシャルのNOAH入団をきっかけに、“鉄の爪”フリッツ・フォン・エリックの話題が耳目に触れる機会が多くなりました。エリックといえば昭和のプロレスファンにとっては大物中の大物。初来日で彼がジャイアント馬場のインターナショナル選手権に挑戦した一戦が、日本プロレス史上初の日本武道館における興行のメインだったことからも、その大物ぶりが伺えます。

6人いた息子たちのうち5人がが若くしてこの世を去るなど、晩年は決して恵まれたものではありませんでしたが、プロモーターとしてもダラスに一大帝国を築き上げ、NWAの会長を務めたこともありました。そんなエリック帝国の栄華が、梶原一騎原作の「プロレス・スーパースター列伝」のブルーザー・ブロディ編にはこんな感じで記されています。

エリック帝国で試合をする選手はエリックが経営するホテルに宿泊、エリックが経営するレストランで食事、エリックが経営するスーパーで買い物をして、さらにエリックが経営する銀行から発行された小切手でギャラを受け取る。

なんだかダラスの経済をエリックが掌握していたかのごとき表現です。しかし当時のアメリカのプロレス界では、ダラスのような大都市を縄張りにしていたプロモーターは、成功すれば莫大な資産を築き上げることも可能でした。実際、ダラスで毎週金曜日におこなわれていた定期戦は、定員約4500人の会場が驚くなかれ18か月連続で超満員札止めになったことがあったといいます。

1年半にわたってそんな盛況が続けば、ホテル、スーパーマーケット、レストランくらいは余裕でオープンできるでしょう。しかし、いくら何でも銀行は話が大きすぎるような気がします。実際、私はホテルやスーパーのオーナーの息子には会ったことがありますが、銀行のオーナーの息子には会ったことがありません。

そんな真実への探求心が目覚めた時に頼りになるのがグレート小鹿さんです。若い頃には全米で活躍した小鹿さんは、ダラスのエリック帝国で試合をしたこともあります。もしも伝説が本当なならば、小鹿さんも試合のギャラをエリック銀行発行の小切手で受け取っていたはずなのです。そこで小鹿さんに電話取材をしたところ、返ってきた返答はおおよそこんな感じでした。

「エリックはホテルやスーパーだけじゃなくて銀行も経営してたよ。ただ、個人オーナーじゃなくて共同経営者の一人だね。ギャラがエリックの経営してる銀行から発行された小切手だったかどうかは覚えてないけど、たしかダラスではエリックが共同経営してる銀行で口座を作ったような気がする」

何事も調べてはみるもので、エリック銀行は個人経営ではなかったものの実在したのです。ドイツ系移民のプロレスラーが裸一貫でのし上がり、ついには銀行の共同経営者にまで成り上がった。“鉄の爪”はプロレス史上に残る大選手であっただけでなく、アメリカンドリームを体現する存在だったのです。



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