プロフィール
オフィス北野・プチ鹿島(ぷちかしま)
1970年5月23日生まれ。血液型O。時事ネタを得意とする。東スポ歴は中学から30年。TBSラジオ「東京ポッド許可局」、同局「荒川強啓デイ・キャッチ!」(月・水)、YBSラジオ「プチ鹿島の火曜キックス」、NHKラジオ第1「午後のまりやーじゅ」に出演中。著書には「教養としてのプロレス」(双葉新書)。




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だから猪木はまた北朝鮮へ行く
2017年09月14日

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アントニオ猪木が北朝鮮訪問から帰ってきた。実に32回目の訪朝。

 

多くの人は思うはず。

 

「なぜ猪木は北朝鮮にそんなに行くの?」

 

本人の言い分をおさらいしてみる。

 

《なぜ北朝鮮にこだわるのかとよく聞かれるんですが、別に北にこだわってるわけじゃなくて、儒教の国という師匠に対する思いが基本なんですね。》(『北朝鮮と日本人 金正恩体制とどう向き合うか 」アントニオ猪木、辺 真一 )

 

ここでいう「師匠」とは力道山のことだ。戦後日本のヒーローである力道山は朝鮮半島の出身だった。愛弟子の猪木が1994年に師匠の故郷を訪問したら歓迎された。

 

北朝鮮での会食のとき、猪木は言い放つ。

 

《ところで、北は日本にミサイルを向けているかもしれないけど、私たちのミサイルはみんな、北に向いているんです》

 

顔色が変わる北の高官たち。

 

《だって北は美人が多いじゃないですか。私たちの発射のボタンは一つ。いつも発射オーライです》

 

すると、「とたんに大爆笑ですよ。もうウケてウケて(笑)」「猪木流の外交というんでしょうか。いままで私が世界中を回って経験してきたことから導き出されたやり方です。」(『北朝鮮と日本人〜』)

 

猪木流の外交とは、下ネタを言って相手の懐に飛び込むことだった!

 

ところで「アントニオ猪木、北朝鮮へ」というニュースを聞いたときの人々の反応を思い出してみよう。

 

「猪木、頑張れ!」だろうか。「猪木、期待してるぞ」だろうか? いや、その多くは「猪木に何ができるんだ」「猪木がまた余計なことを」という〝冷笑〟だろう。かなり距離を置いている。

 

私は思う。「だから猪木はまた北朝鮮へ行く」と。

 

世間にバカにされながらも、それでも夢を訴えていくのはあの「猪木アリ戦」とまったく同じ構図である。モハメド・アリと闘いたいと猪木が言い出した時、誰も信じなかった。実際に試合が実現したあとは内容を酷評された。

 

しかし世界各国に行くと「アリと闘った男」として歓待され、湾岸戦争時のイラクでも、ふつうの政治家なら会えないクラスの人物と会えた。日本人の人質解放にも役立った。北朝鮮でも大規模のプロレス大会を実現した。

 

だから、おそらく猪木は「北朝鮮とスポーツ外交」「北朝鮮と平和に」を今も本気で言っている。できると信じている。世間が冷たければ冷たいほど燃えるのである。ひっくり返してやろうと。

 

アントニオ猪木は「猪木アリ戦」を永遠にやっているのである。



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