プロフィール
プチ鹿島(ぷちかしま)
1970年5月23日生まれ。血液型O。時事ネタを得意とする。東スポ歴は中学から30年。TBSラジオ「東京ポッド許可局」、同局「荒川強啓デイ・キャッチ!」(月・水)、YBSラジオ「プチ鹿島の火曜キックス」、NHKラジオ第1「午後のまりやーじゅ」に出演中。著書には「教養としてのプロレス」(双葉新書)。




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プロレス中継を進化させた男・ベイダー
2018年06月28日

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ビッグバン・ベイダーの訃報が届いた。

今回ぜひ書きたいのは「プロレス中継を進化させた男・ベイダー」である。

私は10代の頃、テレビ朝日『水曜スペシャル』(以下、水スぺ)の『川口浩探検隊』シリーズが大好きだった。世間から半笑いでネタにされていたけどあのワクワク感は現在のテレビマンにもテレビ好きにも大きな影響を与えたと考えている。

なので3年前から隊員だった方(番組スタッフ)に当時の話を聞いて回っている。そのリポートを雑誌『EX大衆』(双葉社)に書いている。

あるとき、ひょんなタイミングで出てきた名前が「ベイダー」だった。

それは、水スぺ終了後はどんな番組に関わっていたのかを聞いていた時だ。

水スぺは1985年に終了したが、そのあと元・水スぺ班が再結集したのが「1988年」の『ワールドプロレスリング』だったという。そう、アントニオ猪木率いる新日本プロレスの中継。

当時、『ワールドプロレスリング』は金曜夜から土曜夕方に放送時間が変更していた。プロレス界ではUWFが人気を集めていたが、新日本プロレスは猪木の衰えが隠せず停滞気味であった。そんなときに元・水スぺ班が投入されたという。

ここまで読んで思い出した方もいるかもしれない。1988年の『ワールドプロレスリング』にはナレーションがついたのだが、その声は『川口浩探検隊』の名ナレーション、田中信夫さんだった。元祖煽りVとでも言うべき迫真のナレーションはプロレス中継にもハマった。

元・水スぺ班はナレーションだけでなく新たな見せ方もプロレス中継に導入した。

「試合前の控室にレポーターがいて、ベイダーの試合前の様子を中継させて、電話帳とかをビリッと破るシーンなんかを入れた。ああいうバックヤードに入っていくっていう演出は結構やってましたね」(元スタッフの証言)

今では控室にカメラが入ったり試合後の選手のコメントを追うのは珍しくないが、プロレス中継に臨場感あふれる演出を本格的に取り入れたのは川口浩探検隊チームだったのだ。私が少年時代に夢中で観ていた番組が見事につながった瞬間であった。

この新しい中継を売っていくために大活躍したのがベイダーだった。テレビ映えする言動に、リングにあがれば屈強なファイト。ベイダーは新日本プロレスのトップに成り上がっていった。

「川口浩探検隊」からの「1988年のワールドプロレスリング」。両者をつなぎ、畑違いの番組を盛り上げるためにはエンターテイナーが必要だった。ベイダーのパフォーマンスはスタッフにとってもありがたかったのだ。

ベイダー、昔っからいい仕事してた!



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