今でも蘇る緊張感 イチローが声を震わせた 

2019年04月30日 16時30分

2連覇を成し遂げた仲間とシャンパンファイトを楽しむイチロー(左から2人目)

【球界こぼれ話・広瀬真徳】いよいよ平成が幕を下ろす。この時代、スポーツを中心に様々な現場を取材した。その中で最も印象に残っているものは何か。自問自答してみると思い浮かんだ出来事は今から10年前の平成21年(2009年)に行われた第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。侍ジャパンが2連覇を成し遂げた野球の祭典だが、記憶に残る場面は歓喜の瞬間ではない。今春現役を引退したイチローが極限まで追い込まれながらも逆境に打ち勝った姿である。

 当時のイチローは35歳という年齢にもかかわらず、大会前からキャプテンシーを発揮。日本の連覇に向け不可欠な存在と位置づけられていた。ところが、大会突入後はまさかの絶不調に陥った。勝ち上がるチームとは対照的に一人不振にあえぐ。「負ければ終戦」という第2ラウンドのキューバ戦を終えた段階で打撃成績は6試合で28打数6安打、打率2割1分4厘。しかもこの試合では第3打席でバント失敗(三飛)を犯すなど、リードオフマンとしての役割を果たせないもどかしい状態だった。

 その試合後のミックスゾーン。大半の選手が5―0という快勝の余韻に浸る中、イチローだけが厳しい表情で姿を現した。「ずっと結果が出ていない中、ヒットが出ましたが」という報道陣からの質問が飛ぶと、珍しく本人が声を震わせながら自虐的にこう答えた。

「ほぼ折れかけていた心をギリギリでつなぎ留めたかな、という感じです。3打席目のバント失敗で(気持ちが)ほぼ折れかけたんですけど。僕のユニホームだけなぜか(対戦相手の)キューバに見えていたのはちょっと…かなり深刻な状況だったと思います。(安打が出た)4打席目からジャパンのユニホームを着れて良かったなと思いますけどね」

 手元に残る10年前の音声を何度聞いても当時の緊張感が伝わってくる。誰一人イチローの冗談に笑うことはなかった。むしろ「大丈夫か」という不安な空気が周囲を覆う。それほど本人は苦しんでいた。同時にその瞬間、悟ったことを今も忘れない。「常に沈着冷静なイチローでも動揺する。人間なんだな」と。

 その姿が脳裏から離れなかったからなのか。数日後の決勝戦(韓国戦)の延長で試合を決める適時打を放った際、身震いが止まらなかった。どんな状況でも不断の努力が最後は結果を導き出す。スポーツを通じてこれほど全身がしびれたことはない。重圧に打ち勝ったイチローの記憶は私にとって平成という時代で得られた人生の教訓と言える。

 くしくもイチローは平成とともにユニホームを脱いだが、令和という新時代には新たな伝説を作る人物が現れるに違いない。その瞬間に立ち会えるか。今後も取材を続けていきたい。

関連タグ: