元広島の「赤いハンカチ王子」斉藤悠葵さん 野球専門店に就職後 約1年後に店長に!

2018年04月22日 11時00分

野球専門店で第2の人生を送る斉藤さん

【異業種で輝く元プロ野球選手】「日本ハムの佑ちゃん(斎藤佑樹)と同姓同名だったおかげで、自分の名前を覚えてもらった感があるので。今でも同じ名前で良かったと思っています」。現役当時からの爽やかな笑顔でこう語るのが元広島の投手・斉藤悠葵さん(30)。現在、神奈川県川崎市内の野球専門店で第2の人生を送っている。

 現役時代、広島で「赤いハンカチ王子」と呼ばれた斉藤さんは2005年のドラフトでプロ入り。抜群の制球力で1年目から一軍登板を果たすと、09年には先発ローテーション投手としてシーズン9勝の活躍を見せた。だが、11年以降は故障もあり低迷。14年オフに戦力外通告の憂き目に遭った。

「プロ最後の1年は周囲にお願いして現役を続けさせてもらったのですが、この年は何をやってもダメで。野球をやる楽しさもなくなっていたので現役への未練はなかった。ただ、佑ちゃんとは一度、同じ舞台で投げ合いたかった。現役時代に本人と一度も会話すらなく、初めて話したのが昨年末の福井優也(広島)の結婚式。しかも、そこで一緒に撮った写真をインスタにあげたら、その写真だけすごい数の“いいね”が来たので(笑い)」

 そんな斉藤さんが野球専門店に勤務するきっかけは、広島時代の同僚で当時、同店の店長を務めていた喜田剛さんの“スカウト”だった。

「戦力外を告げられた次の日ぐらいでしょうか。東出さん(広島一軍打撃コーチ)から『喜田が連絡を取りたいと言っている』と。その後、すぐに連絡があり『店舗に見学に来ないか』と誘ってくれたんです。実際に行ってみたら、ちょうど子供たちを教えるイベントをやっていて、すごく楽しそうにみんな野球をやっていた。それを見て『いいな、野球に携わっていけるな』と思ったんです」

 ところが、楽しそうに見えた仕事は甘くはなかった。高卒でプロ入りしたこともあり「社会人としての常識をまったく知らなかった」という斉藤さん。パソコンでのメールのやりとりや文書作成ができず店内での販売、レジ操作、商品管理等で苦難の日々が続いた。

 追い打ちをかけたのが店で扱う「商品の説明」。いわゆるお客さんへの接客販売だった。

「現役のころは漠然とグラブなどの野球道具を使っていましたが、実際は一つひとつ材質や良さが細かく異なる。それをお客さんに説明したうえで買ってもらうので、扱う商品のメリットなどを具体的に覚えないと売ることができない。特に僕は投手だったので、野手のグラブやバットの詳細を覚える必要がありました。一般のサラリーマンなら普通のことでも、野球しかやってきたことのない高卒の人間にはこれが大変で。体力というよりやはり精神面がつらかった。最初の3か月は毎日辞めたいと思いました」

 それでもあきらめず仕事を続けたのは「やりがい」があったから。施設で個人レッスンを受ける子供たちの中には初めて野球道具を購入する少年も多い。子供たちが商品の良さを知り、ジャージー、ユニホームを含め自らが薦めた道具でプレーする姿を見るたびに「うれしい気持ちが込み上げてくる」(斉藤さん)。

 仕事ぶりが認められ、15年末からは店長に就任。今では元プロ野球選手を含めた複数のスタッフとともに、併設するバッティングセンターの運営やメンテナンス、野球イベント開催、個人レッスンなどを手がける。評判を呼ぶ施設には平日で60~70人。週末には100人を超える野球好きが集う。

「長く野球に携わってきたので、今後も店舗でいろいろな知識、お金の回り方などを学びながら野球の素晴らしさを伝えていきたい。そのうえで将来は野球に関わるいろいろな事業をやっていけたらいいですね」

 店長就任から3年目に突入した斉藤さん。新たな挑戦は続く。

 ☆さいとう・ゆうき 1987年、福井県生まれ。福井商から05年高校生ドラフト3巡目で広島入団。プロ1年目の06年10月の巨人戦で一軍初登板初先発初勝利。09年は主に先発として27試合に登板し9勝(11敗)をマーク。10年も23試合で4勝(7敗)を記録したが、14年オフに戦力外通告を受け現役引退。同年12月から現職。プロ通算成績は66試合19勝23敗、防御率4・46。左投げ左打ち。家族は夫人と1男。

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