元広島・廣瀬純氏が語る薮田との出会い

2017年09月20日 11時00分

薮田和樹

【始まりの鐘が鳴る~カープ日本一への道~廣瀬純】広島のセ・リーグ連覇を祝し、カープOBで評論家の廣瀬純氏(38)が東スポ初登場。頼もしい後輩V戦士たちの素顔を秘蔵エピソードとともに振り返る。カープファン必見の新連載第1回は、今季先発の柱として大ブレークした3年目右腕・薮田和樹投手(25)だ。

 こんにちは。元広島カープの廣瀬純です。今日から僕の知る仲間たちの日本一に向けての奮闘ぶりをご紹介していきます。

 リーグ優勝や日本一になるチームにはシーズン中「救世主」のような選手が必ず出現します。今年のカープでその役割を果たしたのは間違いなく薮田でしょう。

 シーズン開幕前はあくまで中継ぎ要員の一人でした。ところが、守護神・中崎が4月上旬に腰痛で離脱すると、セットアッパーとして台頭。中崎が5月に復帰すると、今度は祐輔(野村)離脱の穴埋めとして先発に抜てきされました。このチャンスを生かした薮田は6連勝するなど好投を連発。ここまでチーム最多の14勝(3敗)をマークしました(18日現在)。薮田の先発&中継ぎという大車輪の活躍がなければ連覇は困難だったかもしれません。

 僕が薮田の存在を初めて知ったのは彼が岡山理大付高時代のこと。といっても、たまたま自宅に配車したタクシーの運転手が薮田のお母さん(昌美さん)で「ウチの息子も野球をやっているんです。高校生ですが、直球は140キロ台後半が出るんです」とアピールされたのがきっかけです。僕はその際「(チームスカウト部の)松本有史スカウトでも紹介しましょうか?」と冗談交じりに話をしました。そんな経緯もあったので、薮田が2015年に入団してきた時には「あの時の運転手さんの息子か!」と驚いたものです。

 ただ、当時の彼の印象は「体が弱い」のひと言でした。亜大時代に右ヒジを手術した不安もあったからでしょうか。1年目のキャンプでは自ら積極的に前に出てアピールをしないどころか、投げ込みも最小限。練習が始まると「痛い」「かゆい」の連続だったため、二軍で指導していた佐々岡さん(二軍投手コーチ)も頭を抱えていました。僕も脆弱な体質を認識していましたから、薮田との会話で一番多かったのは「体、大丈夫か?」だったと思います。

 体の弱さが際立った半面、目を見張るものもありました。たとえば僕がトレーニングの一環で「フレクションボール」という筋膜をやわらげるボールを使っていたら、数日後、全く同じ物を通販で購入してきました。「純さん、これって体にいいんですよね」と。元来、彼は「健康オタク」。体にいいと思うことは全て実践するタイプです。様々な体のケア、トレーニング法を取捨選択しながら、自らのコンディションを上げていきます。一軍でもコンディショニングトレーナーのサポートのもと、肩関節や股関節の可動域の確認、ウエートトレーニングなどを継続して行っています。柔軟な発想力と行動力が今の結果に結びついています。

 交流戦では、パ・リーグを代表するオリックス・金子千尋と真っ向勝負で勝利。8月12日の巨人戦でも菅野との投げ合いを制し、完封勝利を飾りました。相手エースを撃破したことで、徐々に自らの投球に自信を深めたことも大きかったと思います。

 CSでは先発3本柱の一角を担うであろう薮田には、フル回転で活躍してもらいたいです。

 ひろせ・じゅん 1979年3月29日生まれ。大分県出身。佐伯鶴城高―法大。大学時代の2000年にシドニー五輪野球日本代表を経て、同年ドラフト逆指名で広島入団。10年に打率3割、ゴールデン・グラブ賞を受賞。13年にはプロ野球新記録の15打席連続出塁をマークした。16年に現役引退。17年から中国放送(RCC)の野球解説者として活躍中。通算成績は978試合で打率2割7分3厘、51本塁打、253打点。右投げ右打ち。