ドイツ育ち2人目 メジャーデビューまでの大苦労

2017年09月18日 16時30分

強打の左打者として存在感を発揮しているケプラー(ロイター=USA TODAY Sports)

<元局アナ 青池奈津子「メジャー通信」=マックス・ケプラー外野手(ツインズ)>

 声のトーンの穏やかさと適度なテンポが耳に心地いい。ツインズのマックス・ケプラーを取材して素直にそう思った。ドイツのベルリンで生まれ育ち、両親はバレエダンサー。米国系のインターナショナルスクールに通っていたこともあり、なまりのない、きれいな英語を話すので米国人とあまり区別がつかない。だが、落ち着いた物腰と品の良さからドイツ出身と言われると妙に納得してしまう。若いうちから苦労したのだなとも思わせる。言わずもがな、ドイツはサッカー大国だ。

「小学校に野球リーグがあって特別大きくも真剣なものでもなかったんだけど、参加したのが野球を始めたきっかけかな。当時はサッカーのほうがやりたくて。でも、米国でのキャンプに招待してもらって、親戚も米国にいたから夏になると野球をしに行っていたんだ。あまり野球をする機会がなかったから、やりたくなったのかな。野球をやって他の国に行ったら、どんなことが起こるんだろうと知りたくなった」

 幼少期から背が高く、水泳、テニス、ゴルフなどスポーツは何でもできたという。14歳で初めてメジャーのスカウトの目に留まり、野球の全寮制高校に在学中の16歳では15球団近くの興味を引いた。「その時はそれが何を意味するのか、お金のことなども何も分かっていなかった」。ただ、その後すぐにツインズと契約し、単身渡米する。

 まず飛び込んだのが、フロリダのルーキーリーグ。言語も生活もある程度は慣れているつもりでいたが、野球のレベルの高さに衝撃を受けた。

「ドイツではせいぜい時速80マイル(約129キロ)を相手にしてきたのに、こっちの投手は平気で95マイル(約153キロ)の球を投げてくる。ドイツでは一番だった自分が直球さえ打てない。本当につらかった。やめたいと思ったことなんて山ほどある。結局3年間ルーキーリーグにいた。未来があるようには全く思えなかった。みんなが『辛抱だよ、君は野球のない国から来ているんだから何度も繰り返して経験を積まなきゃ』『若いんだから、やり通せば何とかなる』って。僕はその言葉にひたすら従ったんだ」

 忍耐と周囲の人や家族の支え、そして何より本人の努力で6年後の2015年にメジャーデビューした。ドイツ育ちの選手では2人目の快挙だ。

 マックスはバレエを踊ったことは一度もないという。「両親は僕がバレエに向いていないって早くに気づいたみたい。代わりにいろいろなスポーツをさせてくれた。今でこそ大ファンだけど、当時の両親は野球のことを全く知らなかったんだ。でも2人もアスリートだから健康管理、早い回復方法や試合前の準備などは教えてくれた。あとはどんなに野球で悪い出来でも『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン(ショーは何があっても続けなければならない)』って。足をくじいても舞台は続けなければならないように『野球がうまくいかない日でも試合は続くんだ』と」。そう、野球の試合は明日も続くのだ。

 ☆マックス・ケプラー 1993年2月10日生まれ。ドイツ・ベルリン出身。24歳。193センチ、94キロ。左投げ左打ち。2009年7月に海外FAでツインズ入団。12年9月に開催されたWBC予選でドイツ代表に選出される。15年9月27日のタイガース戦でメジャーデビュー。16年6月12日のレッドソックス戦の延長10回にサヨナラアーチで初本塁打を記録。同年は右翼手として定着し、113試合に出場。打率2割3分5厘、17本塁打、63打点をマークした。今季も11日現在で17本塁打、63打点と長打力を発揮している。