鳥谷“2000安打秘話” 早大時代の僚友が明かす「猛虎ヒットマン」知られざる一面

2017年09月09日 14時00分

2003年のドラフト会議で指名された早大の4選手。右から鳥谷(阪神自由獲得枠)、青木(ヤクルト4巡目)、由田(オリックス8巡目)、比嘉(広島3巡目)

 阪神の鳥谷敬内野手(36)が8日のDeNA戦(甲子園)で史上50人目となるプロ野球通算2000安打を達成した。残り1本で迎えたこの日、2回一死一塁の第1打席で右中間へ適時二塁打を放った。阪神では山内一弘、藤田平、金本知憲、福留孝介に次ぐ5人目、生え抜きでは藤田以来、2人目だ。自身最低の打率2割3分6厘に終わった昨年から完全復活を遂げての偉業。その裏には…。鳥谷の早大野球部時代の僚友で元広島の比嘉寿光氏(36=現広島編成担当)が秘話を明かした。

 通算2000安打の歓喜の瞬間は2回一死一塁の第1打席に訪れた。DeNA・井納のフォークを捉え、ライナーで右中間を破る適時二塁打だ。スタンドの虎党からは万雷の拍手が送られた。甲子園球場で阪神の所属選手が達成したのは初めて。鳥谷は二塁ベース上でヘルメットを取ってファンの歓声に応え、早大の後輩であるDeNA・田中浩、さらに同僚の福留から花束を受け取り、笑みをこぼした。

「2000本打てるとは思っていなかった。『500本くらい打てたらいいな』という感じで(プロに)入ってきた。なんとか数字を残せたというのは誇りに思う」と鳥谷。金本監督は「体の強さがあるし、休まず出続けたから達成できたと思う。内野手で大したもの。『次は2500本を必ず打てよ』と言った」とたたえた。

 見事にレジェンドの仲間入りを果たした鳥谷だが、昨年はかつてないほどの逆風の一年だった。

 就任1年目の金本監督から「お前が変わらなければ、チームは変わらない」とゲキを飛ばされ臨んだシーズンでは攻守で精彩を欠き、連続フルイニング記録は7月24日の広島戦(マツダ)でストップ。これまでどんな苦境でも弱音を吐くことがなかった男が、このときばかりは弱気になっていたという。

 早大野球部時代からの僚友の比嘉寿光氏は「普段から弱音を吐いたり悩みを言うやつではない。そのときも言葉があったわけではないが『分かってくれるか…』という苦しそうな表情だった。大学時代からの付き合いだけど、そんなことは今まで一度もなかった」と振り返る。ふがいない自分への苦悩。だが、そんな逆境から這い上がるため背番号1は燃えた。「『衰えた』と言われないように3倍くらいは練習したと思う。キャンプで会ったときに鬼気迫るものが今年はあった」(比嘉氏)

 このオフはこれまで以上の猛練習で捲土重来を期した。さらに、思い切った“方針転換”も敢行。球界でも右に出る者がいないといわれるほどストイックな鳥谷はここ数年「グルテンフリー」という小麦類を断つ食事法を徹底し、ケガをしない体づくりに努めてきたが、今年はその我慢を緩和した。「今まではご飯に行っても小麦系は一切食べないし、ビールも飲まなかった。でも、徹底し過ぎるのはやめたといっていた。もともと自分に厳しすぎるから、ちょうど良くなったのかもしれない」(比嘉氏)。関西名物の粉ものやビールなども解禁。ストイックな食事管理を捨て、心の余裕を持つことが完全復活のきっかけとなったのだ。

 屈辱のシーズンを乗り越えて2000安打に到達した鳥谷。今後については「数字を追ったら、やめたくなっちゃう。数字を追わないようにやっていきたい」と言って笑わせた。“猛虎のヒットマン”はチームをさらにけん引していく。