巨人軍の猛牛・千葉茂の至言を清宮に伝えたい

2017年08月31日 16時30分

OB戦で笑顔を見せる猛牛・千葉茂

【越智正典 ネット裏】U―18W杯がいよいよ開幕する(9月1日~、カナダ・サンダーベイ)。清宮が第1戦から起用されるか、DH起用か、ベンチか、U―18監督、小枝守の作戦次第である。私は巨人軍の猛牛千葉茂(本紙評論家、故人)がよく言っていたのを思い出している。

 高校野球の話なのにプロ野球の昔話になるが、千葉の話には、いつも俳味があってたのしかった。例えば、千葉が1938年巨人軍同期入団のV9川上哲治に「棚からボタモチ二ツか」とON砲について問いかけると、川上が「棚ぐらいゆすったよ」と言って腹を抱えて笑ったのは有名な話である。

 千葉は言った。

「一塁手はおかあさん役さ。サード、ショート、セカンドが暴れ回ってゴロをつかむと、とんでもないヤンチャな球をほおってきよる。それを上手に始末して納めるのが母親なんだ」(50年代前半当時三塁手=宇野光雄、同遊撃手=平井三郎、同二塁手=千葉茂、同一塁手=川上哲治)。

 至言である。だから清宮はふだんから、近くにころがった球をひろいに行くのに歩いてはいけない。走ってひろいに行くといい“母親”になれる。

 また、プロ野球の昔話になるが、巨人、東映、中日の監督時代、「守備また攻撃なり」と烈々叫び続けていた華麗な勝負師水原茂は、勇退後の評論家時代、キャンプ取材後、最寄り駅前の食堂で次の列車を待つ間の小憩中に、テーブルの上に先客が置いて行ったのか、紙袋や短いヒモがあると、店の主人に「これ頂いていいですか」と聞いてからポケットに納めた。私は先人に聞く、35年の巨人軍第一回渡米遠征の苦闘を見る思いだった。ハネ立ちの転戦。何が起こるかわからない。細ヒモでも役に立つことがあると心掛けていたのだ。

 第99回大会で見事に活躍した中村奨成の広陵の大先輩、白石勝巳(広島監督)は広陵時代は一塁手。巨人軍総監督市岡忠男がゴロさばきが鮮やかなのに着目、獲得。36年の第二回渡米遠征。初秋の茂林寺の猛練習に耐え抜き、名遊撃手になったのだが、公式戦が始まり国内転戦のときはスパイクのヒモをユニホームのズボンのポケットに忍ばせていた。もし、試合中に切れたらと、これも先人の心得であった。

 8月20日、U―18全日本20選手が発表された晩、私は東スポ溝口拓也デスクに電話をかけバッテリーの人数だけを教わった。投手8人、捕手2人(広陵中村奨成、福岡大大濠古賀悠斗)。投手はフル回転になるだろうし、特に捕手2人はきびしい。それこそ何が起こるかわからないからだ。小枝はきっと、ブルペンでひたむきに捕球する選手を野手のなかから決めている筈だ。この大任を担うのは誰か。もう一度、プロの例になるが、小枝の母校日大から挙げれば、県立浦和高の秀才、61年中日入団の高木時夫の心大きなブルペン捕球に星野仙一は感謝し、長女千華さんの結婚披露宴の来賓第一等に高木を招いたが、高木時夫はずうーっと受付に立っていた。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)